世界史:イスラーム世界の形成(概略)

1.イスラーム教の成立

・610年頃、ムハンマドイスラーム教を創始

・622年、ヒジュラ(聖遷)メッカからメディナに移住

 →ウンマ(イスラーム教徒(ムスリム)の共同体)を形成

 ※イスラーム暦元年

・630年、メッカを征服

・632年、ムハンマド死去

※『コーラン』…イスラーム教の経典。アラビア語で記されている

 

2.正統カリフ時代(632~661年)

カリフとは

ムハンマドの後継者

・選挙で選出。ウンマを指導

正統カリフ:第4代カリフのアリーまで

 

ジハード(聖戦)

ⅰ.東方:ササン朝との抗争

・642年、ニハーヴァンドの戦いに勝利

→651年、ササン朝滅亡

 

ⅱ.西方:ビザンツ帝国との抗争

・634年、ビザンツ帝国領に侵入

・シリア・エジプトをうばう

※ビザンツ帝国はササン朝との戦いもあり衰退

 

3.ウマイヤ朝(661~750年)

①建国

・661年、シリア総督ムアーウィヤが建国

スンナ派の国

・都:ダマスクス

※アラブ帝国:アラブ人第一主義

 

②イスラーム教徒の分裂

スンナ派:代々のカリフを正統とする(多数派)

シーア派:アリーの子孫を正統とする(少数派)

 

③拡大

・711年、西ゴート王国を征服

 →イベリア半島を支配

・732年、トゥール・ポワティエ間の戦い

 →フランク王国に敗れる

 

④税制

ジズヤ(人頭税)とハラージュ(地租)

マワーリージンミーが負担。アラブ人は免除

 

マワーリー:異民族(非アラブ人)のイスラーム教徒

 ジンミー:異教徒(ユダヤ教、キリスト教などを信仰)

 

⑤滅亡

・750年、アッバース朝に滅ぼされる

 

4.アッバース朝(750~1258年)

①建国・発展

ⅰ.建国

ウマイヤ朝を倒して建国

 

ⅱ.イスラーム教徒の平等化

ジズヤ(人頭税)の廃止

ハラージュ(地租)をアラブ人にも課す

※アラブ人、マワーリーともにハラージュを負担

・マワーリーも要職に就任可能

 

アラブ帝国からイスラーム帝国

 

ⅲ.タラス河畔の戦い

・751年、唐に勝利

製紙法がイスラーム世界に伝わったとされる

 

ⅳ.バグダードの建設

・アッバース朝の首都

・人口100万の都市に発展

 

②アッバース朝の最盛期

 

ハールーン=アッラシードのとき

※第5代カリフ(在位786~809)

・イスラーム文化の黄金期を築く

・ビザンツ帝国に遠征

・フランク王国(カール大帝)とも交流

 

③衰退

要因:独立王朝の成立3カリフ国の鼎立 

 

ⅰ.独立王朝

・アッバース朝の内部から自立し王朝化

トゥールーン朝:エジプト

サーマーン朝:西トルキスタン(中央アジア)

など

 

ⅱ.3カリフ国

アッバース朝のほかに、

後ウマイヤ朝(イベリア半島)

ファーティマ朝(エジプト)

カリフの称号を使用

イスラーム帝国の分裂

 

5.3カリフ国について

後ウマイヤ朝(756~1031年)

・ウマイヤ朝滅亡の際に逃れた王族がイベリア半島に建国

・首都:コルドバ

・内紛、小王朝の分立で滅亡

 

ファーティマ朝(909~1171年)

・少数派のシーア派イスラーム王朝

チュニジア(北アフリカ)に建国

・969年、エジプトを征服

→首都カイロを造営

・972年、アズハル学院を設立

 →アイユーブ朝の時代にスンナ派イスラーム神学の最高学府に

 

・1171年、サラディンにより滅ぼされる

(→アイユーブ朝を建国)

 

アッバース朝の衰退・滅亡

ⅰ.ブワイフ朝(932~1062年)

イラン人シーア派の王朝

・946年、バグダード入城

→アッバース朝のカリフから大アミールに任命される

※政治の実権を握り、アッバース朝は有名無実化

(アッバース朝は一応存続)

 

ⅱ.セルジューク朝(1038~1194年)

トルコ人、スンナ派の王朝

ドゥグリル=ベクが建国

→1055年、バグダード入城、ブワイフ朝を征服

・アッバース朝のカリフからスルタンの称号を授与される

→ブワイフ朝に代わって政治の実権を握る

※アッバース朝のカリフは宗教的権威のみ残る

 

ⅲ.滅亡

・1258年、モンゴル帝国フラグがバグダードを占領

→アッバース朝滅亡 


漢字の読み方

 

聖遷:せいせん

・聖戦:せいせん

・人頭税:じんとうぜい

 ※1人1人にかかる税

後ウマイヤ朝:こうウマイヤちょう

タラス河畔の戦い:タラスかはんのたたかい

・鼎立:ていりつ

 ※両立は2つ、鼎立は3つが並び立つ場合をいう