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歴史5-11 自由民権運動(まとめ)

ポイント解説

1873年の明治六年の政変後、政府の中心となったのは大久保利通でした。一方、この政変で政府を去った板垣退助らは言論による政府批判を展開し、自由民権運動が始まりました。同じく政府を去った西郷隆盛らは武力による反抗をして西南戦争を起こしましたが、政府にしずめられました。


1.自由民権運動とは

・藩閥政治に反対し、国会の開設や憲法の制定、国民の自由や権利を求めた運動

・1870~1880年代に展開

 

①政府の状況

・1873年の明治六年の政変後、政府の中心は大久保利通になっていた

・政府を去った者たちは、政府批判の運動を展開

藩閥政治:旧薩摩・長州藩出身者が中心の政治。自由民権運動で批判の対象となる

 

②運動の始まり

・1874年、民撰民選議院設立の建白書板垣退助らが政府に提出。国会の開設を要求

→その後、板垣退助高知立志社を設立

 

③士族の反乱

・西日本で多く発生

・1877年、西南戦争西郷隆盛を中心とする鹿児島の士族らの反乱

←徴兵制による政府軍が鎮圧

※その後、自由民権運動は言論による政府批判が中心に

 

④自由民権運動の高まり

ⅰ.国会期成同盟の結成

・1880年結成。国会の開設を要求

 

ⅱ.政府内部での対立

・政府の大隈重信は、憲法の即時制定と国会の早期開設を主張

→1881年、政府は大隈重信を追放

 

ⅲ.国会開設の勅諭

10年後に国会を開くことを約束

 

2.政党の結成

自由党

・1881年結成

・党首は板垣退助

 

立憲改進党

・1882年結成

・党首は大隈重信

 

3.憲法草案

・民間でつくられた憲法草案

五日市憲法:五日市町(東京都あきる野市)の人々が作成

東洋大日本国国憲按植木枝盛が作成

 

4.自由民権運動の停滞

・1880年代の激化事件が原因

例)秩父事件(埼玉県)

 


漢字の読み方

 

自由民権運動:じゆうみんけんうんどう

藩閥政治:はんばつせいじ

民撰民選議院設立の建白書:みんせんぎいんせつりつのけんぱくしょ

立志社:りっししゃ

西南戦争:せいなんせんそう

国会期成同盟:こっかいきせいどうめい

大隈重信:おおくましげのぶ

国会開設の勅諭:こっかいかいせつのちょくゆ

自由党:じゆうとう

立憲改進党:りっけんかいしんとう

五日市憲法:いつかいちけんぽう

東洋大日本国国憲按:とうようだいにっぽんこくこっけんあん

植木枝盛:うえきえもり

激化事件:げきかじけん

秩父事件:ちちぶじけん