1.平安時代の始まり
桓武天皇の政治(在位781~806)
※父:光仁天皇
母:高野新笠
①山背国の長岡京に遷都:784年
・藤原種継暗殺事件
※長岡京の造営を主導
→容疑をかけられた早良親王を排除
②平安京に遷都:794年
※山背国→山城国に変更
※平安時代の始まり(794~1185年)
※明治維新まで京都に都が置かれる
2.蝦夷政策(奈良時代~平安初期)
※朝廷の勢力範囲がだんだんと北上していく
①飛鳥時代
・渟足柵:647年
・磐舟柵:648年
※いずれも新潟県、孝徳天皇の時
②奈良時代
・多賀城:724年
→陸奥国の国府を設置
※現在の宮城県
・伊治呰麻呂の乱:780年
※帰順していた蝦夷の首長
③平安時代
ⅰ.蝦夷政策
・坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命
→蝦夷の族長阿弖流為を降伏させる
→802年、胆沢城を築く
※鎮守府を多賀城から胆沢城に移す
803年、志波城を築く
ⅱ.徳政論争:805年
・藤原緒嗣と菅野真道による論争
…二大政策(蝦夷政策と平安京造営)の継続について
※藤原緒嗣:中止を主張
菅野真道:継続を主張
→桓武天皇は藤原緒嗣の主張を採用し、二大政策を停止
ⅲ.嵯峨天皇
・文室綿麻呂を派遣
→徳丹城を築いて平定を完了
3.平安初期の政治改革
①桓武天皇
ⅰ.勘解由使の設置
・国司の交代における引継ぎの監督を強化
・解由状(新任国司から前任国司に与えられる文書)を検査
ⅱ.健児の制
・軍団・兵士を廃止して新設
※東北・九州などを除く
→郡司の子弟などを健児として採用
②嵯峨天皇
ⅰ.蔵人頭の設置:810年
・藤原冬嗣(北家)らを任命
・機密文書や訴訟を扱う
・天皇の命令を迅速に太政官組織に伝える
※役所を蔵人所、長官を蔵人頭、職員を蔵人という
・薬子の変(平城太上天皇の変)に際して設置
→薬子の変:藤原仲成射殺、妹の藤原薬子は自殺。
ⅱ.検非違使の設置
・平安京内の治安維持
ⅲ.弘仁格式の編纂
・格:律令の内容を補足・修正する法令
・式:律・令・格の施行細則(これらの法令の運用方法を決めたもの)
4.その他
①三代格式
・嵯峨天皇の時期(9世紀前半)の『弘仁格式』
・清和天皇の時期(9世紀後半)の『貞観格式』
・醍醐天皇の時期(10世紀前半)の『延喜格式』
の3つ
※『類聚三代格』:弘仁・貞観・延喜の三代格を分類しまとめたもの
②令の解釈・注釈書
ⅰ.『令義解』:833年
・養老令の解釈を公式に統一
・清原夏野が編纂
ⅱ.『令集解』:9世紀後半
・養老令の私的な注釈書
・惟宗直本が編纂
③令外官
・令に規定のない新しい官職のこと
・例:勘解由使、蔵人頭、検非違使、中納言、征夷大将軍、摂政、関白など
※教科書で平安時代以降に初めて出てくる役職はだいたい令外官になります。
※教科書の律令官制表に載っていないものは令外官です。
漢字の読み方
・桓武天皇:かんむてんのう
・光仁天皇:こうにんてんのう
・高野新笠:たかののにいがさ
・山背国:やましろのくに
・長岡京:ながおかきょう
・藤原種継:ふじわらのたねつぐ
・早良親王:さわらしんのう
・山城国:やましろのくに
・渟足柵:ぬたりのさく
・磐舟柵:いわふねのさく
・孝徳天皇:こうとくてんのう
・多賀城:たがじょう
・陸奥国:むつのくに
・伊治呰麻呂:これはりのあざまろ
・坂上田村麻呂:さかのうえのたむらまろ
・阿弖流為:あてるい
・胆沢城:いさわじょう
・鎮守府:ちんじゅふ
※蝦夷征討のために陸奥国に設置した役所
・志波城:しわじょう
・徳政論争:とくせいろんそう
・藤原緒嗣:ふじわらのおつぐ
・菅野真道:すがののまみち
・嵯峨天皇:さがてんのう
・文室綿麻呂:ふんやのわたまろ
・徳丹城:とくたんじょう
・勘解由使:かげゆし
・解由状:げゆじょう
・健児:こんでい
・嵯峨天皇:さがてんのう
・蔵人頭:くろうどのとう
・藤原冬嗣:ふじわらのふゆつぐ
・蔵人所:くろうどどころ
・蔵人:くろうど
・薬子の変:くすこのへん
・平城太上天皇の変:へいぜいだいじょうてんのうのへん
・藤原仲成:ふじわらのなかなり
・藤原薬子:ふじわらのくすこ
・検非違使:けびいし
・弘仁格式:こうにんきゃくしき
・清和天皇:せいわてんのう
・貞観格式:じょうがんきゃくしき
・醍醐天皇:だいごてんのう
・延喜格式:えんぎきゃくしき
・類聚三代格:るいじゅうさんだいきゃく
・令義解:りょうのぎげ
・清原夏野:きよはらのなつの
・令集解:りょうのしゅうげ
・惟宗直本:これむねのなおもと
・令外官:りょうげのかん