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戦国大名の登場、都市の発展(標準)

1.戦国時代の幕開け

・幕府(京都)、鎌倉、全国各地で争乱が起こった

・実質的に全国を統制する政権がなくなった戦乱の時代

 

①幕府権威の失墜

ⅰ.明応の政変

細川氏が実権を握った事件

・1493年、細川政元が10代将軍足利義材を廃し、11代将軍に足利義澄を擁立

 ※足利義材はその後将軍に復帰し、足利義稙と改名

 

ⅱ.下剋上の動き

・家臣が主君を打ち倒し幕府の実権が次々と移り変わる

・管領細川氏から三好長慶、さらに松永久秀

松永久秀は13代将軍足利義輝を自殺させる

 

②鎌倉公方の分裂

京徳の乱をきっかけに、古河公方堀越公方に分裂

享徳の乱(1454年):鎌倉公方足利成氏と関東管領上杉氏が対立

 

ⅰ.古河公方

足利成氏が鎌倉を離れて下総の古河に移った

・4代続くが、16世紀半ばに滅亡

 

ⅱ.堀越公方

足利政知が鎌倉に入れず伊豆の堀越に留まった(初代堀越公方)

・15世紀末、2代目茶々丸のとき北条早雲に伊豆を奪われ堀越公方は滅亡

 

③関東管領(上杉氏)の分裂

ⅰ.山内上杉家

・北条氏に敗れて越後に落ち延び、長尾景虎(上杉謙信)に苗字と関東管領職を譲る

 

ⅱ.扇谷上杉家

・のちに山内上杉家と協力するが、北条氏康に滅ぼされる

 

2.おもな戦国大名

北条早雲(伊勢宗瑞)

※最初の戦国大名といわれる

・足利政知から堀越公方を継いだ茶々丸を追放(のち自害)、伊豆をうばう

→さらに北条氏は相模に進出し、小田原を本拠とする

・以後、子・北条氏綱(2代)、孫・北条氏康(3代)が継ぎ、関東の大半を支配

(4代目北条氏政、5代目氏直で滅亡)

 

上杉謙信長尾景虎)

・上杉氏の守護代から越後・上野を領有

 

武田信玄(武田晴信)

武田氏は鎌倉時代から甲斐の守護

甲斐・信濃を領有

川中島の戦い:上杉謙信との5回に渡る戦い

・分国法:『甲州法度之次第』を制定

 

今川義元

※足利氏の一族で今川貞世(今川了俊)の子孫

駿河・遠江・三河を領有、東国の雄といわれる

・1560年、桶狭間の戦い織田信長に討たれ、今川氏は衰退

 

毛利元就

安芸の国人から戦国大名に成長

・安芸・周防・長門を領有

・山陰地方の尼子氏と抗争

※下剋上:大内義隆陶晴賢毛利元就と実権が移る

 16世紀半ばの大内氏の滅亡により、勘合貿易も停止。後期倭寇の出現へ

 

⑥長宗我部元親

・土佐の豪族から身を起こし、四国全土を領有

 

3.おもな分国法(家法)の例

・戦国大名が領国支配のために制定した法

 

①朝倉氏

・越前を支配

・『朝倉孝景条々朝倉敏景十七箇条)』:最初期の分国法。文明年間(1469~87年)の制定

→家臣団の一乗谷への城下集住の規定など

 

②北条早雲

・『早雲寺殿二十一箇条

 

③今川氏

・『今川仮名目録』:今川氏親とその子・今川義元による制定

 

④武田信玄

・『甲州法度之次第(信玄家法)』

→「喧嘩両成敗」の規定:私闘の禁止

 

⑤伊達氏

・『塵芥集』:現存する分国法の中で条文が最多の171条

 

長宗我部氏

・『長宗我部氏掟書』:最も新しい分国法(1596年)

※豊臣秀吉の天下統一(1590年)よりも後

 

4.戦国大名による家臣団と領国支配

①家臣団の統制

貫高…国人や地侍の収入額を銭に換算した基準

貫高制:戦国大名は貫高に応じて家臣に軍役を課した

寄親・寄子制:有力家臣(寄親)に下級家臣(寄子)を配属し組織化させた

 →鉄砲や長槍を用いた集団戦が可能となり、足軽(雑兵)が重要視されるように

 

②領国経営

ⅰ.検地

・戦国大名が行った土地の調査

・農民の耕作する土地の面積と年貢の量などを検地帳に記録

・特に、新たに征服した土地で実施

指出検地…家臣や名主に支配地・耕作地の面積、収入額を自己申告させる方式の検地

 

ⅱ.城下町の建設

・領国の政治・経済・文化の中心となる

 

ⅲ.鉱山の開発

・金山:甲斐、駿河、伊豆など

・銀山:石見・但馬など 

 

5.都市の繁栄

城下町

・戦国大名の城郭を中心に、家臣団や商工業者を強制的に住まわせた都市

例)朝倉氏の一乗谷(越前)、北条氏の小田原、今川氏の府中(駿河)、大内氏の山口、大友氏の府内(豊後)、島津氏の鹿児島など

 

門前町

・寺社の門前に発達した町

例)伊勢神宮の伊勢・山田善光寺の長野、延暦寺の坂本

 

寺内町

浄土真宗の寺院・道場を中心に形成された町

例)摂津の石山、河内の富田林

 

④港町

・海陸交通の要地に発達した港湾都市

例)和泉の、筑前の博多、薩摩の坊津、安芸の草戸千軒、津軽半島の十三湊

 

⑤宿場町

・宿駅を中心に発達した町。おもに京都~鎌倉間の東海道に発達

例)近江の草津、伊豆の三島

 

自由都市(自治都市)の発達

・勘合貿易によって栄える

・富裕な商工業者が自治組織をつくって市政を運営し、自由な都市を築く

 

ⅰ.

・36人の会合衆による運営

・史料:ガスパル・ヴィレラの書簡『耶蘇会士日本通信

 

ⅱ.博多

・12人の年行司による運営

 

6.町衆の活躍

町衆:京都の富裕な商工業者。応仁の乱で荒廃した京都を復興

→自治的団体であるを運営し、独自の町法を制定

・町衆の中から月行事を選出し、自治的な運営を行う

・応仁の乱で荒廃した京都を復興し、祇園祭の再興にもかかわった


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漢字の読み方

 

・明応の政変:めいおうのせいへん

細川政元:ほそかわまさもと

・足利義材:あしかがよしき

・足利義澄:あしかがよしずみ

足利義稙:あしかがよしたね

三好長慶:みよしながよし

・松永久秀:まつながひさひで

足利義輝:あしかがよしてる

・京徳の乱:きょうとくのらん

古河公方:こがくぼう

堀越公方:ほりごえくぼう

足利成氏:あしかがしげうじ

・下総:しもうさ

足利政知:あしかがまさとも

茶々丸:ちゃちゃまる

・北条早雲:ほうじょうそううん

・山内上杉家:やまのうちうえすぎけ

・長尾景虎:ながおかげとら

・上杉謙信:うえすぎけんしん

・扇谷上杉家:おうぎがやつうえすぎけ

・北条氏康:ほうじょううじやす

北条早雲(伊勢宗瑞):ほうじょうそううん(いせそうずい)

・北条氏綱:ほうじょううじつな

北条氏政:ほうじょううじまさ

・北条氏直:ほうじょううじなお

武田信玄(武田晴信):たけだしんげん(たけだはるのぶ)

甲斐:かい

・信濃:しなの

川中島の戦い:かわなかじまのたたかい

・甲州法度之次第:こうしゅうはっとのしだい 

今川義元:いまがわよしもと

・今川貞世(今川了俊):いまがわさだよ(いまがわりょうしゅん)

・駿河:するが

・遠江:とおとうみ

・三河:みかわ

・桶狭間:おけはざま

毛利元就:もうりもとなり

・安芸:あき

・周防:すおう

・長門:ながと

・尼子:あまご

・大内義隆:おおうちよしたか

陶晴賢:すえはるかた

・長宗我部元親:ちょうそかべもとちか

 

朝倉孝景条々:あさくらたかかげじょうじょう

・朝倉敏景十七箇条:あさくらとしかげじゅうしちかじょう

・一乗谷:いちじょうだに

・早雲寺殿二十一箇条:そううんじどのにじゅういっかじょう

今川仮名目録:いまがわかなもくろく

・今川氏親:いまがわうじちか

・信玄家法:しんげんかほう

喧嘩両成敗:けんかりょうせいばい

塵芥集:じんかいしゅう

・長宗我部氏掟書:ちょうそかべしおきてがき

 

貫高制:かんだかせい

寄親・寄子制:よりおやよりこせい

指出検地:さしだしけんち

・金山:きんざん

・銀山:ぎんざん

・石見:いわみ

・但馬:たじま

・豊後:ぶんご

門前町:もんぜんまち

伊勢:いせ

・善光寺:ぜんこうじ

寺内町:じないまち

石山:いしやま

・富田林:とんだばやし

・港町:みなとまち

・坊津:ぼうのつ

・草戸千軒:くさどせんげん

・十三湊:とさみなと

・宿場町:しゅくばまち

自由都市(自治都市):じゆうとし(じちとし)

:さかい

会合衆:えごうしゅう(かいごうしゅう)

・耶蘇会士日本通信:やそかいしにほんつうしん

博多:はかた

・年行司:ねんぎょうじ

 

町衆:ちょうしゅう(まちしゅう)

・町:ちょう

・町法:ちょうほう

月行事:がちぎょうじ(がつぎょうじ)

祇園祭:ぎおんまつり