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寛政の改革、外国船の接近

寛政の改革:1787~1793年

 

1.役職の変更

①将軍

・1787年、11代将軍に徳川家斉が就任

※三卿の一橋家出身

※在職期間:1787~1837年

 

②老中

白河藩主松平定信が就任

三卿の田安家出身、徳川吉宗の孫

→引退後、自伝『宇下人言』を著す

 

寛政の改革を実施

→特徴:徳川吉宗の政治を理想とし、幕府権威の再建を図る

 

2.松平定信の政策

①農村の復興

ⅰ.百姓の出稼ぎを制限

 

ⅱ.囲米

・飢饉対策として、諸藩に1万石につき50石の籾米を貯蔵させた

・各地に社倉義倉を建て、穀物を備蓄させた

 

②都市・経済政策

ⅰ.旧里帰農令

・江戸に流入した没落農民対策として発令

・生業を持たない者に資金を与え、農村に帰ることを奨励

 

ⅱ.人足寄場

石川島に設置

・無宿人を強制的に収容し、技術を習得させた

 

ⅲ.七分積金七分金積立

町入用節約分の7割を積み立てさせる制度

→新設の江戸町会所が運用。飢饉・火災による困窮民救済に使う

 

勘定所御用達:豪商から10名が登用され、江戸町会所の運営、物価・米価調節にあたった

 

ⅳ.棄捐令

・旗本・御家人の救済のために発令

札差からの6年以前の借金を帳消し

 

③学問の統制

ⅰ.寛政異学の禁

朱子学を正学とする

・湯島の聖堂学問所では朱子学以外の講義や研究を禁止

※1797年、湯島の聖堂学問所は官立に改められ、昌平坂学問所となる

 

ⅱ.寛政の三博士

柴野栗山尾藤二洲岡田寒泉

→のち岡田寒泉に代わり古賀精里が加わる

 

④統制策

ⅰ.政治批判の禁止

林子平を処罰(著作により人心を惑わしたという罪)

→林子平の著書も発禁

・『三国通覧図説』:日本を中心に、朝鮮・琉球・蝦夷地を図示

・『海国兵談』:ロシアの南下を警告した海防論

 

ⅱ.出版統制令

洒落本作者の山東京伝を処罰:著書の『仕懸文庫』により処罰

黄表紙作者の恋川春町を処罰:寛政の改革を風刺したため

・出版元の蔦屋重三郎も処罰

 

⑤厳しい統制への不満

・狂歌:白河の清きに魚のすみかねて もとの濁りの田沼こひしき

白河松平定信のこと(白河藩主)

 田沼:田沼意次

 

⑥退陣

ⅰ.尊号一件

・1789年、光格天皇が実父閑院宮典仁親王へ太上天皇の尊号を宣下することを希望したが、松平定信が拒否し実現しなかった事件

 

※松平定信は武家伝奏ら公家を処罰

→朝幕関係の不安定化へ

 

ⅱ.老中辞任

・将軍家斉との対立、1793年に退陣へ

 

3.諸藩の改革

専売制の強化など

 

名君の登場

細川重賢熊本藩主)

上杉治憲米沢藩主)

佐竹義和秋田藩主)

 

4.鎖国の動揺

 

①ロシアとの関係

ⅰ.ロシア船の接近

・1792年、ラクスマン根室に来航し、通商を求める

→その際、漂流民大黒屋光太夫を送還

・対応:長崎への入港許可証(信牌)を交付して帰らせる

 

桂川甫周は光太夫から聞き取りをし、『北槎聞略』を著す

 

 

ⅱ.幕府の対策

・江戸湾や蝦夷地の海防強化を諸藩に命じる

・1798年、近藤重蔵最上徳内択捉島を探検し「大日本恵登呂府」の標柱を建てる

・1799年、東蝦夷地を直轄化

・1800年、伊能忠敬が蝦夷地測量

 →1821年、『大日本沿海輿地全図』完成

・1804年、レザノフが長崎に来航:幕府は通商を拒否

→ロシアは樺太・択捉島を砲撃

 

・1807年、西蝦夷地を直轄化(蝦夷地全体を直轄化)、松前奉行が支配

・1808年、幕府は間宮林蔵樺太を探検させ、樺太が島であることを発見

 

ⅲ.日露関係の改善へ

・1811年、ゴローウニン事件:ロシアの軍人ゴローウニン国後島で捕える

→翌年、ロシアは淡路の商人高田屋嘉兵衛を抑留

→両者とも釈放・送還され、ロシアとの関係は改善

 

・1821年、幕府は蝦夷地を松前藩に返還(直轄地でなくなる)

 

②イギリス

・1808年、フェートン号事件:イギリス船がオランダ船を追い長崎に侵入・狼藉

→長崎奉行松平康英が責任をとり切腹

 

③幕府の政策転換:強硬策へ

・1825年、異国船打払令無二念打払令):接近する外国船を撃退

※適用外:清、朝鮮、琉球王国。オランダは長崎以外では打払いの対象


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漢字の読み方

 

徳川家斉:とくがわいえなり

松平定信:まつだいらさだのぶ

宇下人言:うげのひとこと

寛政の改革:かんせいのかいかく

 

囲米:かこいまい

社倉:しゃそう

義倉:ぎそう

旧里帰農令:きゅうりきのうれい

人足寄場:にんそくよせば

・石川島:いしかわじま

七分積金:しちぶつみきん

七分金積立:しちぶきんつみたて

・町入用:ちょうにゅうよう

 ※町の運営経費

・江戸町会所:えどまちかいしょ

勘定所御用達:かんじょうしょごようたし

棄捐令:きえんれい

札差:ふださし

寛政異学の禁:かんせいいがくのきん

朱子学:しゅしがく

・聖堂学問所:せいどうがくもんじょ

昌平坂学問所:しょうへいざかがくもんじょ

寛政の三博士:かんせいのさんはかせ

・柴野栗山:しばのりつざん

・尾藤二洲:びとうじしゅう

・岡田寒泉:おかだかんせん

・古賀精里:こがせいり

林子平:はやししへい

三国通覧図説:さんごくつうらんずせつ

海国兵談:かいこくへいだん

・洒落本:しゃれぼん

山東京伝:さんとうきょうでん

・仕懸文庫:しかけぶんこ

黄表紙:きびょうし

恋川春町:こいかわはるまち

蔦屋重三郎:つたやじゅうざぶろう

尊号一件:そんごういっけん

光格天皇:こうかくてんのう

・閑院宮典仁親王:かんいんのみやすけひとしんのう

 

細川重賢:ほそかわしげかた

上杉治憲:うえすぎはるのり

佐竹義和:さたけよしまさ

 

大黒屋光太夫:だいこくやこうだゆう

・信牌:しんぱい

・桂川甫周:かつらがわほしゅう

・北槎聞略:ほくさぶんりゃく

近藤重蔵:こんどうじゅうぞう

最上徳内:もがみとくない

・択捉島:えとろふとう

大日本恵登呂府:だいにほんえとろふ

・東蝦夷地:ひがしえぞち

伊能忠敬:いのうただたか

大日本沿海輿地全図:だいにほんえんかいよちぜんず

・西蝦夷地:にしえぞち

・松前奉行:まつまえぶぎょう

間宮林蔵:まみやりんぞう

・樺太:からふと

高田屋嘉兵衛:たかだやかへえ

・松平康英:まつだいらやすひで

異国船打払令:いこくせんうちはらいれい

・無二念打払令:むにねんうちはらいれい