日本史:江戸時代(概略)①

Ⅰ.江戸時代の年代

・1603年から1867年まで

 

Ⅱ.大まかな流れ

1)江戸幕府の成立:初代~2代将軍

・1600年、関ヶ原の戦いで勝利

・1603年、征夷大将軍に任命される →江戸幕府

・1614・1615年、大坂の役:豊臣氏を滅ぼす

 

 

2)幕藩体制の確立:2~3代将軍

・1615年、武家諸法度(元和令)

・1635年、武家諸法度(寛永令) 

・1637年、島原の乱

・鎖国令:鎖国の完成

 

3)幕政の安定:4~7代将軍

文治政治への転換

・1683年、武家諸法度(天和令)

・1685年~、生類憐みの令を発令

 

・1709~1716年、正徳の政治:新井白石

 

4)幕政の改革、幕藩体制の動揺:8~12代将軍

・1716~1745年、享保の改革】:8代将軍【徳川吉宗

・1772年、田沼意次が老中に就任:田沼の政治

 

・1787~1793年、寛政の改革:老中松平定信

 

・1825年、異国船打払令

・1841~1843年、天保の改革:老中水野忠邦

 

5)開国、幕末の動乱:13~15代将軍

・1853年、ペリー来航

・1854年、日米和親条約

・1858年、日米修好通商条約(安政の五カ国条約)

 ※開国、尊王攘夷運動、攘夷の挫折

 

・1867年、大政奉還:15代徳川慶喜

 

 

 

Ⅲ.江戸時代の流れ

 

1)江戸幕府の成立

①江戸幕府の成立

ⅰ.1600年、関ヶ原の戦い

・東軍:徳川家康

・西軍:石田三成

 ※西軍の総大将は毛利輝元(参陣せず)

→東軍の勝利

 

ⅱ.江戸幕府の成立

・1603年、後陽成天皇により徳川家康が征夷大将軍に任命される

・1605年、徳川秀忠】が2代目の将軍になる

 

ⅲ.大坂の役

大坂冬の陣(1614年)と大坂夏の陣(1615年)

・豊臣氏(豊臣秀頼)を滅ぼす

元和偃武とよばれる平和な時代の到来

 

 

2)幕藩体制の確立

①大名・朝廷の統制

ⅰ.1615年、一国一城令

・大名の居城は1つに限る

 

ⅱ.1615年、武家諸法度(元和令)

・大名の統制

・家康が金地院崇伝に起草させ、2代将軍徳川秀忠の名で発布

・以後、将軍の代替わりごとに発布

 

 ※その後の武家諸法度

 ・1635年、寛永令:3代将軍徳川家光参勤交代の制度化

 ・1663年、寛文令:4代将軍徳川家綱

 ・1683年、天和令:5代将軍徳川綱吉

 

ⅲ.1615年、禁中並公家諸法度

・朝廷・公家の統制

金地院崇伝が起草

・天皇は学問を第一とすることなどを規定

 

②大名の種類

ⅰ.親藩

・徳川氏一門

・三家:尾張藩、紀伊藩、水戸

 

ⅱ.譜代大名

・家康が三河の一大名の時代からの家臣

・石高は少ないが全国の要地に配置

・幕府の要職に就任

 

ⅲ.外様大名

・関ヶ原の戦いの頃から徳川氏に従った大名

・石高は多いが遠隔地に配置

・幕府の政治には参加できない

 

③旗本・御家人

・将軍直属の家臣

・まとめて直参という

万石未満

※将軍に謁見(お目見え)を許されるのが旗本、許されないのが御家人

 

 

④江戸幕府の職制

・3代将軍徳川家光のころまでに整備

※●の役職は譜代大名から、 ・は旗本から任命

 

ⅰ.中央 

大老…臨時に設置される最高職。

老中…常置の最高職。幕府の政治を統括

若年寄…老中の補佐、目付の指揮、旗本・御家人の監察

寺社奉行…寺社の監察。金地院崇伝の死去が組織化の契機

勘定奉行…幕領(天領)の統治。下に郡代・代官

町奉行江戸町奉行)…江戸市中の行政・司法を担当

大目付…老中の配下で大名の監察

目付…若年寄の配下で旗本・御家人の監察

 ※三奉行寺社奉行勘定奉行町奉行。うち寺社奉行が最高格

  評定所:最高司法機関。老中三奉行が合議。重要な訴訟などを審議

 

ⅱ.地方

京都所司代…朝廷・公家の監察、西国大名の監察など

大坂城代…西国大名の監察など

城代…駿府城、二条城の留守を預かる

町奉行…京都、大坂、駿府の行政・司法を担当

遠国奉行(奉行)…長崎、日光、佐渡などの直轄地に設置された奉行の総称

郡代…関東郡代のほか美濃・飛驒にも設置。10万石以上の幕領を支配

代官…郡代とは別に、幕領の農村を支配

 

 

⑤朝廷との関係

ⅰ.朝廷の統制のための職

京都所司代

武家伝奏:公家から2名

 

ⅱ.朝廷との間のおもなできごと

・1611年、徳川家康が後水尾天皇を擁立

・1615年、禁中並公家諸法度金地院崇伝が起草。天皇の学問専念など

・1620年、徳川和子(2代将軍徳川秀忠の娘)を後水尾天皇に入内させる

 

ⅲ.1627年、紫衣事件

・幕府が1615年以降幕府の許可なしに勅許された紫衣を剥奪

 ※禁中並公家諸法度に違反したとして

・これに抗議した大徳寺沢庵を処罰

 

※1629年、後水尾天皇が幕府の同意を得ずに突然譲位

 →明正天皇が即位:称徳天皇以来の女帝。後水尾天皇の子、徳川秀忠の孫

 

 

⑥キリスト教対策

・1612年、禁教令:直轄領に発令

 →1613年、全国に及ぼす

・1614年、高山右近をマニラに追放

 ※その他の宣教師もマニラやマカオへ追放

・1622年、元和の大殉教:長崎で宣教師・信徒55名を処刑

・1637年、島原の乱天草四郎時貞益田時貞)に率いられた大規模な一揆

 →乱の鎮圧後、幕府は絵踏を強化

 

⑦寺社対策

寺院法度:1601~1616年、宗派ごとに出された寺院・僧侶統制令の総称

本末制度の確立:宗派ごとに本山・末寺を設定し、地位を序列化

・1665年、諸宗寺院法度寺院法度を各宗派共通にして発令

・1665年、諸社禰宜神主法度:神社・神職の統制

寺請制度寺檀制度)の確立

 →宗門改め(禁教目的の信仰調査)の実施。宗門改帳が作成された

 ※目的:キリスト教や日蓮宗不受不施派の信仰禁止を徹底させるため

 


漢字の読み方 

 

毛利輝元:もうりてるもと

・後陽成天皇:ごようぜいてんのう

徳川秀忠:とくがわひでただ 

大坂の役:おおさかのえき

豊臣秀頼:とよとみひでより 

・元和偃武:げんなえんぶ

 

一国一城令:いっこくいちじょうれい

武家諸法度(元和令):ぶけしょはっと(げんなれい)

金地院崇伝:こんちいんすうでん

寛永令:かんえいれい

寛文令:かんぶんれい

天和令:てんなれい

禁中並公家諸法度:きんちゅうならびにくげしょはっと

親藩:しんぱん

譜代大名:ふだいだいみょう

外様大名:とざまだいみょう

・旗本・御家人:はたもと・ごけにん

直参:じきさん

・謁見:えっけん

徳川家光:とくがわいえみつ

大老:たいろう

老中:ろうじゅう

若年寄:わかどしより

寺社奉行:じしゃぶぎょう

勘定奉行:かんじょうぶぎょう

・大目付:おおめつけ

三奉行:さんぶぎょう

・評定所:ひょうじょうしょ

京都所司代:きょうとしょしだい

遠国奉行:おんごくぶぎょう

・郡代:ぐんだい

・代官:だいかん

武家伝奏:ぶけてんそう 

後水尾天皇:ごみずのおてんのう

徳川和子:とくがわかずこ(まさこ)

紫衣事件:しえじけん

大徳寺:だいとくじ

沢庵:たくあん 

明正天皇:めいしょうてんのう

禁教令:きんきょうれい

高山右近:たかやまうこん

・元和の大殉教:げんなのだいじゅんきょう

天草四郎時貞益田時貞):あまくさしろうときさだ(ますだときさだ

絵踏:えぶみ 

・寺院法度:じいんはっと

・本末制度:ほんまつせいど

・本山・末寺:ほんざん・まつじ

諸宗寺院法度:しょしゅうじいんはっと

諸社禰宜神主法度:しょしゃねぎかんぬしはっと

・寺請制度(寺檀制度):てらうけせいど(じだんせいど)

・宗門改め:しゅうもんあらため

・宗門改帳:しゅうもんあらためちょう

・日蓮宗不受不施派:にちれんしゅうふじゅふせは