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歴史6-5 大正デモクラシーと政党内閣の成立(まとめ)

ポイント解説

大正時代は自由主義の風潮が高まった時代でした(この風潮を大正デモクラシーといいます)。吉野作造民本主義本格的な政党内閣である原敬内閣の成立、次の6-6で出てきますが男子普通選挙制の実現などがありました。


1.大正デモクラシーとは

・大正時代に高まった民主主義・自由主義の風潮

 

第一次護憲運動

・1912年に起こった、憲法にもとづいた政治を求める運動

桂太郎内閣は50日余りで退陣

 

民本主義

・1916年、吉野作造が主張

普通選挙政党内閣を実現させ、大日本帝国憲法の枠内で国民の意見を政治に反映させる必要性を説いた

 

天皇機関説

美濃部達吉が主張

・主権は国家にあり、天皇は国家の最高機関として、憲法に従って統治するという説

 

2.大戦景気

・第一次世界大戦によって、日本経済は好景気になった

→短期間で資産を築いた成金が出現

 

米騒動:1918年

・米の安売りを求める運動

富山県から全国に広がった

→政府は軍隊を出動させて鎮圧

※原因:シベリア出兵を見越した商人が米を買い占めたことで、米が大きく値上がりした

 

3.政党内閣の成立

米騒動により寺内正毅内閣が退陣

原敬内閣が成立:初の本格的な政党内閣

 

①原敬について

立憲政友会の総裁(党首)として首相に就任

・原敬は藩閥ではない

→平民宰相とよばれ、人気が高かった

 

②原敬内閣の特徴

・陸軍・海軍・外務の3大臣以外は立憲政友会の党員

選挙権資格を引き下げ、有権者を増大

普通選挙は実施しなかった

 


漢字の読み方

 

桂太郎:かつらたろう

民本主義:みんぽんしゅぎ

吉野作造:よしのさくぞう

天皇機関説:てんのうきかんせつ

美濃部達吉:みのべたつきち

成金:なりきん

米騒動:こめそうどう

寺内正毅:てらうちまさたけ

原敬:はらたかし

平民宰相:へいみんさいしょう