日:冷戦構造の変化、独立回復後の日本の政治


I.冷戦構造の変化

1.米ソの軍拡と雪どけ

①宇宙開発

・1957年、ソ連が初めて人工衛星スプートニクの打ち上げに成功

 

②ジュネーヴ四巨頭会談:1955.7

・米英仏ソの会談

⇒「雪どけ」:国際社会の緊張緩和

※米大統領はアイゼンハワー

 

2.核軍縮

キューバ危機:1962年

・米ソが核戦争寸前まで対立

⇒ソ連の譲歩で解決

 

部分的核実験禁止条約:1963年

米英ソが調印

仏中は反対して調印せず

・地下を除く大気圏内、宇宙空間、水中での核爆発を伴う核実験を禁止

 

核兵器拡散防止条約(NPT):1968年

米ソ英仏中5カ国以外の各保有を禁止


3.多極化

①西側陣営内

ⅰ.西ヨーロッパの統合

・1957年、ヨーロッパ経済共同体(EEC)の結成

⇒1967年、ヨーロッパ共同体(EC)の結成

 

ⅱ.フランス

ド=ゴール大統領の独自外交

 

ⅲ.日本・西ドイツ

・高度経済成長

 

②東側陣営内

ⅰ.中ソ対立

 

ⅱ.中国

・1964年、核実験に成功、核保有国となる

・1966年、文化大革命が始まる

 

第三勢力(第三世界)

ⅰ.平和五原則

・1954年、インドネルー中国周恩来が会談

 ⇒平和五原則を確認

 

ⅱ.アジア・アフリカ会議(バンドン会議)

・1955年、インドネシアで開催

・日本を含む29カ国が参加

平和十原則を決議:反植民地主義、平和共存など 


4.ベトナムの動き

①インドシナ戦争:1946~54

北ベトナムフランスの戦争

⇒1954年、インドシナ休戦協定:フランス軍撤退

北ベトナム:ベトナム民主共和国(社会主義)

 

ベトナム戦争

ⅰ.泥沼化

・1965年、アメリカが南ベトナムを支援し北ベトナムを爆撃(北爆)

⇒1973年、アメリカ軍撤退

 

ⅱ.南北統一:1976年

ベトナム社会主義共和国として統一 


II.独立回復後の日本の政治

1.労働運動・社会運動への対応

ⅰ.血のメーデー事件(皇居前広場事件):1952.5.1

・独立回復後の初のメーデーで、デモ隊と警察官が皇居前広場で衝突

 

ⅱ.破壊活動防止法:1952年

・暴力主義的破壊活動の規制

・調査機関として公安調査庁を設置


2.防衛力の向上 

ⅰ.MSA協定(日米相互防衛援助協定):1954.3 

・日本:自衛力の増強義務

・アメリカ:日本に兵器・農産物を援助

 

ⅱ.防衛庁を新設:1954.7

保安庁を発展・改組

自衛隊が発足:保安隊海上警備隊を統合

 ⇒陸海空から構成

※最高指揮監督権は内閣総理大臣にある

・2007年、防衛省となる

 

※警察予備隊→保安隊→陸上自衛隊

 警備隊→海上警備隊→海上自衛隊

 

3.警察・教育体制の変化

新警察法:1954.6

・国家地方警察と自治体警察を廃止

都道府県警察からなる国家警察に一本化(中央集権化)

 

教育二法:1954.6

・公立学校教員の政治活動・政治教育を禁止

 

③新教育委員会法:1956

・教育委員を公選制から任命制に変更

 

「逆コース」

・革新勢力(社会党・共産党・総評など)が国家権力を強化する保守政権を批判して用いた言葉


4.各種反対運動

基地反対闘争

日米安保条約行政協定に基づく基地拡張に対する反対運動

例:石川県の内灘事件、東京都立川市の砂川事件(1950年代)

 

第五福龍丸事件:1954年

・アメリカの水爆実験で被爆、乗組員1人が死亡

原水爆禁止運動:1955年

第1回原水爆禁止世界大会広島で開かれる


5.自由党の分裂

①有力政治家の公職復帰:追放解除

鳩山一郎石橋湛山岸信介らが復帰

自由党内部から吉田茂首相に対する反発も

 

反吉田派の離党

ⅰ.日本民主党の結成:1954.11

・総裁は鳩山一郎

 

ⅱ.第5次吉田茂内閣退陣:1954.12

造船疑獄事件により退陣

 

6.鳩山一郎内閣の成立

※第1次:1954.12~55.3

※第2次:1955.3~55.11

 

①政権の特徴と政局

日本民主党内閣

憲法改正再軍備を主張

 

※保守と革新

ⅰ.保守

改憲

・対米依存の安全保障を主張

日本民主党、内閣の立場

 

ⅱ.革新

護憲

・非武装中立を主張

社会党共産党などの立場

 

②革新勢力の動きと保守の対抗

ⅰ.1955年2月の総選挙

社会党が左右両派合わせて3分の1の議席を確保

 ⇒改憲阻止が可能

 

ⅱ.社会党再統一

・1955年10月、左右両派が統一

 

ⅲ.保守合同:1955年11月

※社会党再統一への対抗

自由民主党を結成:日本民主党自由党が合流

初代総裁は鳩山一郎

 

55年体制の確立

自由民主党日本社会党の二大政党制

 ※実際は保守一党優位

・保守勢力が議席の3分の2弱、革新勢力が3分の1強を維持

 ※政権は維持できるが、改憲はできない

1993年まで自由民主党総裁が首相に就任

 

④第3次鳩山一郎内閣:1955.11~56.12

自由民主党

ⅰ.国防会議

・防衛力増強(再軍備)の推進のために設置

 

ⅱ.憲法調査会

・憲法改正に向けて設置

 

ⅲ.日ソ共同宣言:1956.10

鳩山一郎首相がモスクワを訪問し、ソ連と国交を回復

 ※「自主外交」をうたい、交渉を推進

・平和条約締結後、ソ連は歯舞群島・色丹島の返還を約束

 ※北方領土問題が残る

・ソ連は日本の国際連合加盟を支持する

 

ⅳ.国際連合に加盟:1956.12

ソ連が日本の加盟を支持して実現

 ※それまでソ連の反対により実現せず

 

7.石橋湛山内閣:1956.12~57.2

・病気のため2カ月で退陣


8.第1次~第2次岸信介内閣:1957.2~60.7

①革新勢力との対決

ⅰ.教員の勤務評定を導入:1958年

・「教育の国家統制」として日本教職員組合(日教組)が抵抗

 

ⅱ.警察官職務執行法(警職法)の改正断念:1958年

・安保改定に伴う混乱を予想し、改正案を提出

⇒警察の権限強化に対し、社会党や総評を中心とする反対運動により廃案

 

日米相互協力および安全保障条約(新安保条約):1960.1

※「日米新時代

・安保条約を改定しより対等な日米関係をめざす

 

ⅰ.改定の背景

・旧安保条約の不備:片務的、期限が不明確

・日本の国際的地位の向上

 

ⅱ.新安保条約の特色

・日米の相互援助協定、双務的

 

ⅲ.内容

・米軍の日本防衛義務を明文化

・事前協議制の導入

・期限10年

・相互防衛力強化:日本の防衛力増強義務、経済協力促進

 

(60年)安保闘争

※衆議院で強行採決⇒改定阻止闘争の激化

ⅰ.安保改定阻止国民会議

・社会党、共産党、総評など134団体で結成

 

ⅱ.全学連(全日本学生自治会総連合)

・全国の大学の学生が結成

 

ⅲ.岸信介内閣総辞職

・参議院の議決を待たず新安保条約が自然成立

 ⇒内閣総辞職

 

④日本社会党の分裂:1960年

・安保闘争に反対する右派が民主社会党を結成

 ※1969年、民社党と改称


9.第1次~第3次池田勇人内閣:1960.7~64.11

「寛容と忍耐」

・革新勢力との対立を回避

 

所得倍増政策

・目標:1970年までにGNPと国民所得を2倍に

 ⇒1967年に達成

 

LT貿易:1962年~

・国交のない中華人民共和国との間で日中準政府間貿易。政経分離

寥承志

 T高碕達之助


10.第1次~第2次佐藤栄作内閣:1964.11~72.7

日韓基本条約:1965年

・韓国の朴正熙政権と締結、国交を樹立

・1910年の韓国併合条約以前の諸条約の失効を確認

・日本は大韓民国政府を「朝鮮にある唯一の合法的な政府」と認める

 

②北爆の開始

アメリカベトナム戦争に介入

 ※沖縄・日本本土が前線基地となる

 

③領土の返還

ⅰ.小笠原諸島

・1968年に返還

 

ⅱ.沖縄の返還

※祖国復帰運動の展開

・1971年、沖縄返還協定調印

 ⇒翌1972年発効

 

非核三原則

・領土の返還にあたり、佐藤栄作内閣が掲げた

・「(核兵器を)持たず、つくらず、もち込ませず

 

④多党化

ⅰ.公明党

・1964年結成

 

ⅱ.民社党

・1969年、民主社会党から改称

 ※1960年に社会党から分立していた

 

ⅲ.共産党

・議席を増やす

 

大学紛争:1968~69年

新左翼による学生運動

 ※革新政党を批判し直接行動を主張