政治経済:地域経済統合(概略)

1.おもな地域経済統合の例

ASEAN(東南アジア諸国連合)

・1967年結成

・現在、10か国が加盟

・2015年12月、ASEAN共同体が発足:政治・安全保障、経済、社会・文化の共同体

 

APEC(アジア太平洋経済協力会議)

・1989年から開催

・環太平洋諸国が参加する、ゆるやかな協力機構

・日本、アメリカ、オーストラリア、中国などが参加

 

NAFTA(北米自由貿易協定)

・1994年結成

・参加国はアメリカカナダメキシコの3か国

 

TPP(環太平洋経済連携協定)

・2006年発効

・関税の撤廃を原則とする多国間の協定

・日本も参加

 

⑤ヨーロッパ統合の歩み

ⅰ.EC(欧州共同体、ヨーロッパ共同体)

・1967年、発足

・経済的な統合が中心

→域内の関税撤廃、域外には共通関税(関税同盟)、共通農業政策など

 

ⅱ.EU(欧州連合、ヨーロッパ連合)

・1993年、マーストリヒト条約欧州連合条約)発効により発足

12か国で発足

・2018年現在の加盟国数は28か国

・経済だけでなく、外交・安全保障政策などでも共通政策

・1999年、共通通貨ユーロ導入

 ※イギリスなどはユーロを導入せず

・2009年、リスボン条約発効:EUの政治制度を簡素化・合理化

・2016年、イギリスが国民投票によりEU離脱を決定

  

2.2国間・多国間の貿易自由化協定

FTA(自由貿易協定)

・貿易において、関税の引き下げや撤廃を取り決めた協定

 

EPA(経済連携協定)

・FTAを拡大し、貿易だけでなく人・資本・情報など幅広い分野を対象にした協定

・日本はシンガポール、メキシコ、フィリピン、マレーシア、ASEANなどと協定を結んでいる 


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「やる気が出ない」

やる気が出ない、先延ばしにしてしまう、わかっちゃいるけど(悪癖を)やめられない・・・。

 

脳は、「やる気があるから何かをやる」のではなく、「何かをやるとやる気(続けようとする気)が出てくる」そうです。

少しだけと思ってゲームを始めたら何時間もやってしまった、とか、部屋の掃除を始めたらいつの間にか何時間も続けてしまった、というのも、「続ける脳」によるものといえそうです。

 

そもそも、大好きなゲームを何時間もやるために「やる気」は必要ないですよね。やる気が必要なことって、要するに「やりたくないこと」なわけで。やりたいことであれば やる気とか考える以前に行動に移しているわけです(むしろ「やめたいこと」になることの方が多いでしょう)。

 

まず5分、それでも無理なら1分でいいからやってみる。

このサイトの各種のまとめも、1つの記事(まとめ・概略)を数分で読めるようにしています。

政治経済:戦後世界経済史/解説(概略)

・戦後世界経済の枠組みの構築

 第二次世界大戦は、「通貨の不安定化」と「保護貿易」を経済的要因として発生しました。そこで、戦後の世界は、この2つの要因を取り除く経済体制を構築しました。つまり、「通貨の不安定化」に対してはIMFを設立して通貨の安定化をはかり、「保護貿易」に対してはGATTによって自由貿易を推進する、ということです。このIMFとGATTを両輪とした世界経済の枠組みを(世界銀行も含めて)IMF・GATT体制またはブレトンウッズ体制といいます。

 

金・ドル本位制

 戦前の金本位制は、各国の通貨が金との交換(兌換:だかん)を保障することで、通貨の価値が安定していました。

 これに対し、戦後の金・ドル本位制は、アメリカのドルだけが金と交換できるということです。これにドルと各国の通貨の交換比率を一定にする固定為替相場制を組み合わせることで、通貨の安定を実現しました。

 

ニクソン・ショック

 世界の国々にドルがばらまかれるかたちとなり、各国はドルを金と交換していきました。アメリカの保有する金がどんどん減って行ってしまったため、アメリカは金とドルの交換を停止すると突然発表しました。戦後の世界経済の枠組みをアメリカの独断で終わらせてしまうわけですから、大きなインパクト(ショック)のあるできごとでした。

 

スミソニアン協定

 それでもどうにか通貨の安定のために、ドルと円でいえば1ドル=308円にして固定為替相場制を維持しようとしました。1ドル=360円に比べると円高となりますので、日本からの輸出が減りアメリカの貿易赤字も減ることが期待されました。 


政治経済:戦後世界経済史(概略)

Ⅰ.第二次世界大戦の経済的要因

①通貨の不安定化

・1929年、世界恐慌の発生

→各国が金本位制度を廃止

→通貨の不安定化

→通貨の切り下げ競争

→対立、戦争へ

 

②保護貿易

・1929年、世界恐慌の発生

ブロック経済の形成(イギリス・フランス)

保護貿易政策の展開

→対立、戦争へ

 

 

Ⅱ.戦後の国際経済体制

1.第二次世界大戦の要因の除去

①通過の不安定化

通貨を安定させる

 

②保護貿易

自由貿易を推進 

 

2.戦後世界経済の枠組みの構築

※1940年代

IMF・GATT体制ブレトンウッズ体制

…以下の①~③で成り立つ体制

 

IMF(国際通貨基金)

通貨の安定化、国際金融の安定化をめざす

金・ドル本位制:米ドルを世界の基軸通貨とする

固定為替相場制:外国為替相場を固定、またはわずかの変動のみ認める

 ※1ドル=360円

 

GATT(関税及び貿易に関する一般協定)

・世界の自由貿易を推進するための協定

・輸入制限(関税など)を撤廃

→貿易の拡大と世界経済の発展を目的とする

 ※1995年、GATTはWTO世界貿易機関)に移行

 

③国際復興開発銀行(世界銀行、IBRD)

・1946年、国連の専門機関として業務開始

・戦災国の戦後復興のための資金を供与

→その後は発展途上国の開発のための長期資金供与

※日本も1950~60年代、名高速道路建設などで資金を借りた

 

2.IMF・GATT体制の動揺

※特に1970年代

①アメリカの経済的地位の後退

・背景:対外援助、日欧の経済成長、貿易赤字、国際収支の赤字

 

・1971年8月、ニクソン・ショック:アメリカが金・ドル交換の停止を発表

・1971年12月、スミソニアン協定:ドル安に相場を調整した固定相場制

 ※1ドル=308円

・1973年、変動為替相場制に移行

・1976年、キングストン合意:金・ドル本位制からの完全離脱、変動為替相場制への移行容認

→金のかわりにSDR特別引き出し権)を基礎とすることなど

 1978年発効、キングストン体制

 

3.南北問題の発生

南北問題…発展途上国と先進工業国との経済格差、およびそれにより生じるさまざまな問題のこと

・背景:経済発展を続ける先進工業国、経済発展が遅れる発展途上国

 

①途上国の構造的問題

モノカルチャー経済一次産品(農産物・原料など)の生産・輸出に特化した経済構造

※旧植民地時代の経済構造が独立後も残った

 不安定で利益も少ない:経済発展が困難

 

UNCTAD(国連貿易開発会議)の設立:1964年

ⅰ.プレビッシュ報告

・自由貿易体制下では発展途上国に不利であることを指摘

・発展途上国との貿易を通じて産業を育成する

 

ⅱ.一般特恵関税

・先進国は発展途上国からの輸入には低い関税率で優遇

 

4.南南問題

・発展途上国間の格差およびそれにより生じる問題

・発展途上国は以下の①~③に分かれる

 

①経済発展に成功した国

ⅰ.資源のある国(高所得石油輸出国)

・サウジアラビア、アラブ首長国連邦、ブルネイなど

・1973年、第一次石油危機を引き起こす

 →OAPECアラブ石油輸出国機構)、OPEC石油輸出国機構)が原油の輸出制限や原油価格の大幅値上げを実施

※背景:資源ナショナリズムの高まり

・1974年、国連資源特別総会でNIEO新国際経済秩序)樹立に関する宣言

 

ⅱ.工業化に成功し、経済成長した国・地域

新興工業経済地域NIEs急速な工業化が進んだ国や地域

 例)アジアNIEs:韓国、台湾、シンガポール、香港

 

②資源がなく、工業化も遅れた国

・後発発展途上国(LDC)…最貧国。アフリカに多い

・世界の約4分の1の国家がLDCに指定されている

 

5.アメリカ経済の後退と国際政策協調

①先進国首脳会議(主要国首脳会議、サミット

・1975年から毎年開催。世界経済や国際情勢などが議題

・1976年、G7に:米・日・西独・英・仏・伊(イタリア)・加(カナダ)

 →1998年からロシアも参加し、G8サミット

※2014年、ロシアの参加資格を停止しG7で開催

※ほかにEU委員長なども出席

 

②先進5か国財務相・中央銀行総裁会議(G5)

・1985年開催:米・日・西独・英・仏が参加

プラザ合意:ドル高を是正するために各国が協調することを決定

※双子の赤字(財政赤字と貿易赤字)に苦しむアメリカの貿易赤字縮小のため

 

・1986年以降は伊・加も加えてG7先進7か国財務相・中央銀行総裁会議)に

→その後さらにロシアも加わりG8に。国際通貨・金融問題を協議

 

③G20

・2008年から新興国も加えた首脳会議を開催

※2008年発生の世界金融危機への対応のため 


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政治経済:国際収支(概略)

Ⅱ.国際収支

・一定期間(1年間など)における国際間の経済取引の統計

以下①~④の項目があり、さらに細かく区分される

 

経常収支:資金の流出入

ⅰ.貿易・サービス収支

貿易収支:財の輸出入

 

サービス収支:サービスの輸出入(運賃・宿泊代など)

 ほかに特許権・著作権の使用料の支払いなど

 

ⅱ.第一次所得収支

・海外への投資収益、雇用者報酬(賃金)など

 

ⅲ.第二次所得収支

・食料・医薬品などの消費財の無償援助

・国際機関への拠出金

※対価を伴わない資金移動

 

資本移転等収支

・途上国への社会資本(道路・港湾など)の無償資金援助

 

金融収支:資産の増減

・直接投資

・証券投資

・金融派生商品 

・その他投資 

・外貨準備 

 

④誤差脱漏

・統計上の誤差を修正

 


政治経済:国際分業、為替相場(概略)

Ⅰ.国際分業

1.比較生産費説

・イギリスのリカードが主張

国際分業の有効性を示した

 →自由貿易の正当性を主張

 

※リカードに対し、ドイツのリスト保護貿易を主張

 →高関税や輸入制限など国家が貿易に介入すべき

 

2.国際分業の形態

①垂直的分業(垂直貿易)

・おもに発展途上国と先進工業国の間で行われる

・途上国:一次産品や軽工業製品を輸出

 ※一次産品:農産物・資源・原料

・先進国:工業製品を輸出(機械・自動車など)

→役割の固定化、経済摩擦や南北問題の発生

 

②水平的分業(水平貿易)

・先進工業国どうし、発展途上国どうしで行われる

・各国が得意分野の工業製品に特化して生産・輸出

 

 

Ⅱ.外国為替相場(為替レート)

・自国通貨と他国通貨の交換比率のこと

 

円高

・外国通貨に対する円の価値が上がること

 例)1ドル=150円が1ドル=100円になった場合

輸出に不利:海外から見て日本の製品は高くなるので、売れ行きが落ちる

輸入に有利:日本から見て海外の製品は安くなるので、買いやすい

 

円安

・外国通貨に対する円の価値が下がること

 例)1ドル=100円が1ドル=150円になった場合

輸出に有利:海外から見て日本の製品は安くなるので、よく売れる

輸入に不利:日本から見て海外の製品は高くなるので、買いにくい 


世界史:五代十国、宋、遼、金(概略)

Ⅰ.五代十国:907~979年

五代十国時代:唐の滅亡から宋による中国統一までの時代

五代:華北の5王朝

 ※後梁後唐後晋後漢後周の順に興亡

 →後周を宋(北宋)が滅ぼす

十国:江南・華南周辺の10国

 

Ⅱ.北方の諸勢力:遼・西夏・金

1.:916~1125年

契丹(キタイ)の国

①建国

・916年、耶律阿保機(太祖)が建国

契丹文字を作成

 

②拡大

燕雲十六州を獲得後晋(五代)の建国(936年)を助けた見返り

北宋への侵入

→1004年、澶淵の盟

 …毎年、北宋は遼(契丹)に銀と絹を贈る

 

③二重統治体制

ⅰ.部族制

北面官が統治

・民族固有

 

ⅱ.州県制

南面官が統治

・中国的

 

④滅亡

・1125年、北宋と金に挟撃され滅亡

※遼の皇族耶律大石は中央アジアに逃れて西遼(1132~1211)を建国

 

2.西夏:1038~1227年

・チベット系のタングートの国

李元昊が建国

西夏文字を作成

・北宋と遼に対抗

・1227年、チンギス=ハン率いるモンゴルにより滅亡

 

3.:1115~1234年

・ツングース系の女真の国

 

①建国と政策

・契丹の支配から独立して、完顔阿骨打が建国

猛安・謀克:完顔阿骨打が始めた軍事・行政組織

 

②対外関係

・1125年、北宋と同盟して遼を滅ぼす

・1126~27年、靖康の変:北宋を滅ぼし、華北を支配

 →南宋から毎年、銀や絹を贈られる

※淮河より北が金、南が南宋

 

③滅亡

・1234年、オゴタイ=ハン率いるモンゴルにより滅亡

 

Ⅲ.宋:960~1276年

1.北宋(960~1127年)

趙匡胤(太祖)

・後周の武将

・宋の初代皇帝となる

文治主義を採用

・科挙に殿試を導入

 

高宗

・宋の第2代皇帝

・979年、中国の統一を果たす

 

 

2.北宋の政策

①対外消極策

・1004年、澶淵の盟

→毎年、北宋は遼(契丹)に銀と絹を贈る

 

②北宋の衰退

・財政の悪化

※要因

→文治主義:官僚の人件費の増大

→対外消極策:異民族への銀・絹

 

③改革

・11世紀後半、皇帝の神宗王安石を登用

王安石の改革新法を実施

 ※富国強兵策

 

※新法党旧法党の対立

新法党王安石の新法を支持する勢力

旧法党:新法に反対の勢力。司馬光

 

④滅亡

・1127年、靖康の変金に滅ぼされる

 

 

3.南宋(1127~1276年)

靖康の変の後、皇帝の弟・高宗が江南にのがれて建国

・金と和議を結ぶ:淮河を国境とし、北を金、南を南宋とする

 

※和平派:秦檜

 主戦派:岳飛

→和平派が勝利。金に毎年、銀や絹を贈ることに

 

・1276年、フビライ=ハンにより滅亡


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政治経済:社会保障(概略)

1.社会保障とは

・国民の生存権を具体的に保障するものとして各国で整備されている

ナショナル・ミニマム…国家が国民に保障すべき最低限度の生活水準のこと

→社会保障はナショナル・ミニマムの実現のために整備されている

 

2.世界の社会保障制度の歴史

①イギリス

・1601年、救貧法(エリザベス救貧法):世界初の公的扶助

・1942年、ベバリッジ報告

 →戦後、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンとする体系的な社会保障制度を確立

 

②ドイツ

・1883年、疾病保険法世界最初の社会保険制度

 ※鉄血宰相とよばれたビスマルクが整備した

・1919年、ワイマール憲法生存権を世界で初めて保障

 

③アメリカ

・1935年、社会保障法ニューディール政策の一環として制定

 ※「社会保障」という言葉が世界で初めて用いられた

 

④国際的な動き

・1944年、フィラデルフィア宣言…ILO(国際労働機関)が社会保障の国際的原則を示し、各国に勧告

 

3.日本の社会保障制度

※戦前

・1874年、恤救規則:身寄りがなく働けない極貧者を対象とする

 

※戦後:日本国憲法第25条で生存権の保障と国家の義務を規定

 →日本の社会保障制度は以下①~④の4つの柱で構成

 

社会保険

・疾病、老齢、死亡、障害などに対し、一定の保険金が支払われる

医療保険年金保険雇用保険労災保険、2000年導入の介護保険の5つ

後期高齢者医療制度:医療保険に含まれる。2008年から75歳以上を対象に導入

 

※1958年、国民健康保険法の改正

 1959年、国民年金法の制定

→これにより、1961年に国民皆保険国民皆年金が実現

 

※年金の財源の調達方法

積立方式…被保険者が在職中に積み立てた保険料で将来の年金の給付をまかなう方式

賦課方式…毎年必要な給付金額を現役層の負担で調達する方式

→現在の日本は修正賦課方式(賦課方式を基本に積立方式を加味)

 

公的扶助

・すべての国民に最低限度の生活を保障するための制度

生活保護法にもとづいて実施

 

社会福祉

・保護や援助を必要とする人たちに対し、手当や施設・サービスを提供する

児童福祉母子福祉身体障害者福祉知的障害者福祉老人福祉がある

社会福祉法福祉六法にもとづいて実施

 

公衆衛生公衆・環境衛生

・国民の健康増進と、生活環境の改善・向上をめざす

・保健医療:保健所と公営病院が感染症の予防・早期発見・治療などを行う

・環境政策:自然保護、公害対策など

 

4.高齢化の進行と社会

高齢化社会…65歳以上(老年人口)の割合が全人口の7%以上14%未満の社会

 ※日本は1970年に到達

高齢社会…65歳以上の割合が全人口の14%以上21%未満の社会

 ※日本は1994年に到達

超高齢社会…65歳以上の割合が全人口の21%以上の社会

 ※日本は2007年に世界で初めて到達

 

5.その他の用語

ノーマライゼーション

 …障害の有無や年齢にかかわらず、すべての人が人間として普通の生活をともに送れる社会をめざすという考え方、取り組み。

 

バリアフリー

 …障害者や高齢者が普通の生活を送れるように、身体的・精神的な障壁を取り除こうという考え方

 例)階段の横にスロープを設置する 


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政治経済:労働者の権利(概略)

1.労働者保護の国際機関

国際労働機関ILO

・1919年設立。国際連盟の専門機関となる

・世界の労働者の労働条件と賃金水準の改善をめざす

・第二次世界大戦後は、国際連合の専門機関として活動

 

2.日本の労働関係の近代化

①労働三権:日本国憲法第28条

団結権労働組合を結成する権利

団体交渉権…使用者(企業側)と対等な立場で労働条件について交渉する権利

団体行動権争議権)…要求が認められない時に、ストライキなどを行う権利

 ※公務員には制限あり。特に争議権は全面的に認められていない

 

労働三法の制定(1945~1947年)

労働組合法労働関係調整法労働基準法

 

ナショナルセンター

・労働組合の全国組織のこと

※ナショナルセンターの例

・1950年、総評(日本労働組合総評議会)結成

・1989年、連合(日本労働組合総連合会)結成

 

 

3.労働三法について詳しく

①労働組合法の規定

労働協約…労働組合と使用者の間で、労働条件などについて結んだ文書による協定

不当労働行為…労働三権の行使に対する使用者の干渉や妨害行為。労働組合法で禁止

 

②労働関係調整法の規定

労働委員会…労使双方の自主的な解決が困難な労働争議の調整にあたる機関

 →斡旋・調停・仲裁を行う。仲裁は法的拘束力あり

 

③労働基準法の規定

・法定労働時間:労働時間は1日8時間以内、週40時間以内

裁量労働制(みなし労働時間制):改正により導入

 …労働時間ではなく成果で評価する。実際の労働時間に関係なく、一定の時間を働いたとみなす

 

4.労働に関するその他の法律や制度

労働契約法:2007年制定

 …労働基準法に明記のない労働契約や解雇についてルールを明記

 ※それまでは判例に頼ってきたが、法律として明文化

 

5.日本型雇用慣行の変化

※現在はくずれてきている

日本の三大雇用慣行(日本的経営) 

終身雇用制

・就職した会社に定年まで雇用される慣行

 

年功序列型賃金

・勤続年数や年齢に応じて賃金が上がっていくこと

 

企業別労働組合

・同一企業の従業員によって組織される労働組合

※欧米は産業別労働組合、職業別(職能別)労働組合が中心

 

 

6.労働者に関するその他の用語

労働者派遣法1985年制定

→1999年の改正で対象業務が原則自由化

(2003年の改正で製造業も可)

 

ワーキングプア…働く貧困層のこと。就労しているが所得が低い

サービス残業…手当の支払われない残業。違法

ワーク・ライフ・バランス…仕事と生活の両立のこと

 

ワークシェアリング…労働者1人あたりの労働時間を短縮し、多くの人が働けるようにすること。失業率の低下につながる

※ヨーロッパの国などで広く導入

 

過労死…長時間・過重労働の疲労やストレスで、突然死または自殺により死亡すること

 

男女雇用機会均等法:1985年制定

 …募集・採用・昇進などで男女を平等に扱うよう事業主に努力を求めた

 →1997年改正:努力義務から禁止措置に

 

育児・介護休業法:1995年制定

 …企業は従業員の育児・介護のための休業を認める

 


政治経済:公害対策と環境保全(概略)

1.公害問題

公害とは

・大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、騒音、振動、地盤沈下、悪臭(典型七公害)が、相当の範囲において、人々の健康や生活環境を悪化させるなどの被害を与えること

 

 

②日本の公害

ⅰ.戦前

足尾銅山鉱毒事件:明治時代に発生

 →地元の衆議院議員田中正造が解決に尽力

 

ⅱ.戦後:高度経済成長期

四大公害訴訟水俣病イタイイタイ病新潟水俣病四日市ぜんそく

 →1960年代後半に提訴、すべて原告(被害住民)が勝訴

 

2.公害対策

①高度経済成長期

・1967年、公害対策基本法を制定

・1971年、環境庁が発足:環境行政の一元化

 

②1990年代以降

・公害対策から環境保全へ

 

ⅰ.環境基本法

・1993年制定

・「環境政策の憲法」とよばれる

公害対策基本法などを発展的に解消して制定

 

ⅱ.環境アセスメント環境影響評価

・開発行為を行う際に、自然環境に与える影響を事前に調査・評価すること

・地域住民の意見も聞き、環境保全対策に反映させる

・1997年、環境アセスメント法環境影響評価法)を制定

 

ⅲ.汚染者負担の原則(PPP)

・汚染者(企業)が対策費用を負担するという原則

 

ⅳ.環境省

・2001年に発足

環境庁から発展

 

 

3.廃棄物公害と循環型社会形成法

循環型社会形成推進基本法

・2000年制定

資源を循環させ、環境への影響を最小限にする社会の実現をめざす

 

3R

リデュース:廃棄物の発生抑制

ユース:再使用

リサイクル:再生利用

 

 

4.地球規模の環境問題

①国際会議

ⅰ.国連人間環境会議:1972年

・スウェーデンのストックホルムで開催

・環境保全のために協調をめざす初の国際会議

 

ⅱ.国連環境開発会議(地球サミット:1992年

・ブラジルのリオデジャネイロで開催

「持続可能な発展」をめざすことを宣言

 →そのために「アジェンダ21」を策定

気候変動枠組条約地球温暖化防止条約)を採択

生物多様性条約を採択

 

②地球温暖化への取り組み

ⅰ.気候変動枠組条約(地球温暖化防止条約)

・1992年、地球サミットで採択

 

ⅱ.京都会議:1997年

京都議定書を採択

・温室効果ガスの排出削減目標を設定

※発展途上国は削減義務なし:中国・インドなど

※アメリカは脱退

 

ⅲ.パリ協定

・2015年採択。

・すべての国と地域が温室効果額削減に取り組むことを決定

 

③オゾン層破壊と国際的対応

・フロンガスが原因

 →成層圏で分解し、オゾン層を破壊

・1987年、モントリオール議定書

 国連環境計画UNEP)の会議で採択

 →フロンガスを国際的に規制

 

5.税制による環境対策 

環境税:地球温暖化の防止のために導入

 ※ヨーロッパ諸国で多い

 

炭素税:環境税の1つ。石油・石炭など化石燃料への課税

 ※日本でも導入:企業が税負担


世界史:隋・唐(概略)

Ⅰ.隋:581~618年

1.文帝(楊堅)

・581年、北周を滅ぼし建国

・589年、南朝のを征服し、南北朝を統一

・土地制度:均田制

・税制:租庸調制

・兵制:府兵制

科挙の実施:学科試験による官吏任用制度

 ※魏以来の九品中正を廃止

 

2.煬帝

・大運河の完成:華北と江南を結ぶ

高句麗遠征に失敗

・反乱→滅亡

 

Ⅱ.唐:618~907年

1.建国と発展

①高祖(李淵:在位618~626年

・618年、隋を滅ぼし建国

 

太宗李世民:在位626~649年

・628年、中国統一の完成

律令体制の確立

貞観の治 

 

高宗:在位649~683年

・新羅と連合し、百済・高句麗を滅ぼす

・唐の領土が最大に

 

2.律令体制の整備

・隋の諸制度を継承

均田制租庸調制府兵制科挙

 

①中央官制

三省六部 

・御史台

 

②法典の整備

・律・令・格・式

 

③地方行政

羈縻政策:周辺異民族に対する間接統治策

※征服地に都護府を設置(6つ)

 

3.動揺・衰退

則天武后:在位690~705年

・中国唯一の女帝

を建国(唐を中断)

 

玄宗:在位712~756年

開元の治 

・均田制・租庸調制・府兵制の崩壊

募兵制を採用、節度使が辺境を防備

 

・晩年は楊貴妃を寵愛、その一族が実権を握る

←反発、安史の乱(755~763年)が起こる

 ※安禄山史思明 

 

③安史の乱後

ⅰ.藩鎮の出現

・有力な節度使が自立した勢力を築く

 

ⅱ.社会体制の変化

※律令体制の崩壊

・土地制度:荘園制

・税制:租庸調制にかわり両税法を導入

 

4.唐の滅亡

・875~884年、黄巣の乱

・907年、節度使の朱全忠により滅亡 


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政治経済:消費者問題(概略)

1.消費者の権利

①消費者問題

・国民が消費者として生活するうえで起こるさまざまな問題

・欠陥商品、悪徳商法、誇大広告、多重債務など

 

消費者主権

・市場経済のもとでは、消費者の選択や意思が生産のあり方を決定するという考え方

 ※消費者の購買行動は、生産企業への投票ということができる

 

③消費者の4つの権利

・1962年、アメリカのケネディ大統領消費者の4つの権利を明言

安全を求める権利、知らされる権利、選ぶ権利、意見を反映させる権利

 

 

2.消費者政策の流れ

消費者保護基本法

・1968年制定

・消費者の利益保護を目的とする

・国・地方公共団体・企業の消費者に対する責任などを規定

→2004年改正され、消費者基本法となる

 

製造物責任法PL法

・1994年制定、1995年制定

・製品の欠陥によって消費者が身体・生命・財産に損害を受けた場合、製造者は故意・過失がなくても賠償の責任を負うことを定めた

 

消費者契約法

・2000年制定

・消費者を不当な契約から守るために制定

・事業者は消費者に契約内容をわかりやすく伝える義務を負う

・消費者に不利益な契約は無効

→2006年に改正され、消費者団体訴訟制度が始まった 

 

特定商取引法

・2000年、訪問販売法を改正して成立

クーリング・オフについても規定

 

クーリング・オフ制度とは

・消費者が結んだ購入契約を解除できる制度

・一定期間内(原則8日間)であれば無条件で契約を解除できる

・2000年の特定商取引法で対象が拡大 

 

消費者庁

・2009年設置

・消費者行政の統一化・一元化をめざして設置


政治経済:戦後日本経済史(概略)

概略

1.戦後復興期:1945~55年

 

2.高度経済成長期:1955~73年

 

3.安定成長期:1973~91年

 ※86~91年:バブル経済

 

4.バブル崩壊後の日本経済

 ①平成不況:1991~2002年

 ②戦後最長の好景気2002~08年

 ※2008年、世界同時不況


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政治経済:財政、租税/解説(概略)

 

一部補足です。 

 

1.納税者と担税者

まとめでは

納税者=納税義務者。税を納める手続きをする人、

担税者=税を負担する者。お金を出す人

と書きました。

 

例として所得税と消費税で考えてみましょう。

①所得税

所得税は直接税なので、納税者と担税者は同じ人です。自分の収入から税を支払い、自分で手続きをします(確定申告がその手続きです)。サラリーマンなどは、多くの場合会社がやってくれるので、自分で手続きはしません。

 

②消費税

消費税は、買い物をする私たちが8%支払いますね。その後、お店や会社の人が、消費税を納める手続きをしています。ですので、消費税は担税者が消費者、納税者が企業、となります。なぜそのような手続きにする必要があるのかについては、次に説明します。

 

2.税金の分類

直接税、間接税の分類はある程度憶える必要があります。

 

間接税にはある特徴があるのですが、気づきましたか?

 

消費税、関税、酒税、たばこ税、揮発油税、ゴルフ場利用税、入湯税・・・。これは「どんなときに支払うか」に注目すると、ある共通点が見えてきます。それは、「買い物をする時に支払う」ということです。つまり、消費者が商品を購入するときに、これらの税も含めた金額を支払うのです。

 

考えてみれば当然です。1年間の買い物の記録をとって、「今年は200万円買い物したから消費税として8%の16万円を納めなきゃ」とはならないですね。レシートや領収証の保管が大変ですし、納税もれも必ず発生してしまうでしょう。まして、1年間でお酒をどれくらい飲んだか、なんて覚えているはずがありません。

ですので、これらについては、買い物の時点で徴収して(消費者が担税者)、企業側に納める手続きをしてもらう(企業が納税者)、ということです

 

以上のように考えれば、直接税・間接税は憶えやすいのではないでしょうか。

 

自動車税はナンバーで所有者を把握できますから、直接税で問題ありませんね。

 

 

3.地方消費税とは何か?

2018年現在、「消費税は8%」ですが、厳密には国税として6.3%、地方税として1.7%なのです。この1.7%分のことを地方消費税と呼んでいます。

 

とはいえ、「消費税は何%か」とだけ問われたら、特別な問題文でない限り、「8%」で問題ないでしょう。

 


政治経済:財政、租税(概略)

1.財政の役割

財政とは…政府の行う経済活動のこと

 ※以下の①~③の機能がある

 

①資源配分の調整

・民間では十分に供給されない公共財を供給する

(需要はあるが(儲からないので)供給がないもの)

 ※市場の失敗への対応といえる

例)公共財社会資本(道路・港湾・上下水道など)、社会保障(年金・医療・介護など)

 

所得の再分配

・所得の格差や不平等を是正する

・国民の生存権を保障する

・以下のⅰ・ⅱで所得の再分配を行う

 

ⅰ.累進課税制度

所得税などで実施。高所得者に高い所得税率を設定

 

ⅱ.社会保障制度

・低所得者に給付を行う。国民の生存権を保障する

 

※収入の多い人に多くの税金を納めてもらい、収入の少ない人に分配する。それにより、格差が小さくなる

 

 

③経済の安定化(景気の安定化)

ⅰ.フィスカルポリシー

・景気安定化のための財政政策

・増税・減税、公共事業などへの支出の増減を行う

 

※公共事業不況時は増やし好況時は減らす

 税金不況時は減税好況時は増税

 

ⅱ.ビルト・イン・スタビライザー

累進課税制度社会保障制度による、景気の自動安定化装置

・不況時は税収減・社会保障増、好況時は税収増・社会保障減となる

 

2.日本の予算制度

一般会計(一般会計予算)

・政府の通常の活動にともなう予算

・いわゆる「国の予算」

歳入と歳出で構成

・ここ数年は90~100兆円の規模

 

ⅰ.歳出

社会保障関係費:約30%

国債費:約25%

 ※国債の返済、利子の支払い

地方財政費:約15~20%

 

ⅱ.歳入

租税・印紙収入

公債金国債による歳入。借金

 

特別会計

・国が特定の目的の事業を特定の資金で行うための予算

 

財政投融資計画

・一般会計を補充する

・かつては郵便貯金・年金を運用していた

 ※「第2の予算」と呼ばれた

・2001年度からは、財投債・財投機関債の発行により、市場から資金を調達

 

3.日本の租税制度

①税金の分類

国税…納税先が政府である税

地方税…納税先が地方公共団体である税

直接税…納税者と担税者が同じ税

間接税…納税者と担税者が異なる税

※納税者=納税義務者。税を納める手続きをする人

 担税者=税を負担する者。お金を出す人

 

②税金の種類

ⅰ.国税で直接税

所得税法人税相続税など

所得税は累進課税を採用

 

ⅱ.国税で間接税

消費税関税、酒税、たばこ税、揮発油税など

※景気変動による影響を受けにくい

 逆進性:低所得者の負担が大きくなる

 

ⅲ.地方税で直接税

・住民税、固定資産税、事業税、自動車税など

 

ⅳ.地方税で間接税

・地方消費税、ゴルフ場利用税、入湯税など

  

4.財政改革の課題

・戦後日本の財政の原則

赤字国債の禁止直接税中心主義、累進課税制度など

 

赤字国債(特例国債)の大量発行

・1973年の第一次石油危機による不況がきっかけ

・一般会計の歳入が不足し、赤字国債の発行に踏み切る

・以降、赤字国債の発行が常態化

※1990~93年度は赤字国債の発行なし(バブル景気による税収増)

 

国債依存度の増大

・歳入に占める国債発行額(公債金)の割合が増加

 

 

財政の硬直化

・歳出に占める国債費の割合が高くなり、財政の弾力的な運用が困難になること

 

 

プライマリーバランス

・歳入・歳出から、国債に関する費目を除いた収支

・これが均衡または黒字であれば、借金に頼らない財政といえる

 ※赤字であれば国債を発行 

・現在は赤字


世界史:魏晋南北朝時代(概略)

国家の変遷の概略

 

魏晋南北朝時代:220~589年

※魏の建国(後漢の滅亡)から隋の中国統一まで

 

1.三国時代:220~280年

 

2.(西晋)の統一:280年

→316年、滅亡

 

3.

①華北

五胡十六国時代:304~439年

→439年、北魏が華北を統一(北朝

 

②江南

東晋:317~420年

 に滅ぼされる(→南朝

 

4.南北朝時代:439~589年

①北朝:439~581年

・北魏(東西に分裂)

 →東魏北斉

 →西魏北周(→隋)

 

②南朝:420~589年


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政治経済:金融、日本銀行と金融政策(概略)

 

1.現代の通貨制度

金本位制度

・中央銀行が兌換紙幣を発行し、金との交換を保証することで通貨価値を裏付ける制度

・1930年代まで多くの国で採用

 

管理通貨制度

・各国の中央銀行が独自の判断により不換紙幣を発行する通貨制度

 ※不換紙幣:金と交換できない紙幣

・世界恐慌後、多くの国が採用

・現在はすべての国が採用

 

2.マネーストック

・国内の個人や法人が保有する通貨の総量 

現金通貨預金通貨では、預金通貨が圧倒的に多い

 

3.金融の機能

金融とは

・資金に余裕のある経済主体が、資金を必要とする経済主体に資金を貸し出すこと

金融機関:銀行、信用金庫、農協、保険会社、証券会社など

 

ⅰ.直接金融

・国民の資金が企業などに直接渡る

・企業や政府が発行する証券を家計が購入

例) 株式、社債、国債など

 

 

ⅱ.間接金融

・国民の資金が銀行をはさんで間接的に企業に渡る

例)銀行が家計から受け入れた資金(預金)を、企業に貸し出す

 

 

4.銀行の役割

①金融仲介機能

・家計などから資金を預かり、企業や政府などに貸し出す機能

 ※間接金融として行われること

預金業務:当座預金、普通預金、定期預金がある

貸出業務:個人向けと企業向け融資がある

 →回収できないと不良債権となる

 

②支払決済機能

・現金を使わず、預金口座間の移動で送金や支払いができる機能 

 

信用創造機能

・銀行が預金の受け入れと貸し出しをくり返すことで、当初の預金額(現金通貨)を大きく超えた額の預金通貨をつくりだす機能

 

5.日本銀行のはたらき

日本銀行:日本の中央銀行

①発券銀行

・紙幣(日本銀行券)を発行する

 

②銀行の銀行

・一般の銀行など金融機関に対して預金の受け入れや貸し出しを行う

 

③政府の銀行

・税金などの国庫金を管理する

 

6.金融政策

・日本銀行が行う景気・物価の安定政策

※金融市場の通貨量を調整する

 

公開市場操作オープンマーケット・オペレーション

・日本銀行が市中の金融機関に対して有価証券の売買を行い、通貨量を調整する

・現在の金融政策の中心

 

ⅰ.売りオペレーション

・おもに好況時に実施

・日本銀行は一般の銀行に国債(有価証券)を売り、市中に出回っている通貨を吸収する

 →市中の通貨量を減らし(金融引き締め)、インフレを抑制

 

ⅱ.買いオペレーション

・おもに不況時に実施

・日本銀行は一般の銀行から有価証券を買い、保有する通貨を市中に供給する

 →市中の通貨量を増やし(金融緩和)、デフレ解消、景気の改善へ

 

②政策金利操作

・民間銀行の金利に影響を与える金利を操作し、通貨量を調節する

 

ⅰ.公定歩合

・かつての金融政策の中心

公定歩合…日本銀行が市中の金融機関に資金を貸し出す際の利子率

 ※好況時は利子率を上げ、不況時は利子率を下げる

・公定歩合は、2006年より「基準割引率および基準貸付利率」とよぶ

 

ⅱ.無担保コールレート翌日物

・コール市場における金利

(返済期限が翌日まで)

コール市場…銀行どうしの短期金融市場

 

③預金準備率操作(支払準備率操作)

・市中銀行が日本銀行に預金の一部を支払準備金として預ける割合を操作

・好況時は上げる。不況時は下げる

・1991年10月以降実施されていない

 

 

7.近年の日本銀行の政策

①ゼロ金利政策

・政策金利を実質ゼロにする政策 

※2016年からはマイナス金利政策を実施

 

②量的緩和政策

・市中の資金供給を増やし、金融機関の保有する貸し出し用の資金を増やす政策

・2001~06年実施。2013年から再び実施

 

8.日本版金融ビッグバン

・1990年代後半に実施された、日本の金融制度の大改革

・フリー、フェア、グローバルをスローガンとした

 

9.金融行政の展開

①各種機関

預金保険機構…経営破綻で預金の払い戻しが不可能になった金融機関に代わり、預金者に払い戻しを行う機関

 

金融庁…2000年設置。金融機関の検査・監督、金融制度の事務を取り扱う官庁

 

BIS規制

・1993年より実施

国際決済銀行BIS)による規制

・国際業務を行う銀行は自己資本比率を8%以上にすることを求めた

 (国内業務のみの銀行は4%以上)

→銀行は積極的な融資が従来よりも困難に

 

ペイオフ

・破綻した金融機関の預金保護額を一定限度までとする制度

・金融機関1つにつき普通預金の元本1000万円とその利子まで保護

・2005年より完全実施。2010年に初の発動


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政治経済:景気循環、インフレとデフレ(概略)

1.景気循環

・経済活動の水準が上下し、好景気(好況)不景気(不況)が繰り返される現象

好況→後退→不況→回復の4つの局面で1つの周期を形成

 

①景気循環のパターン

ⅰ.キチンの波

・3~4年(40か月)周期の短期波動

・在庫投資の循環

 

ⅱ.ジュグラーの波

・7~12年周期の中期波動

・設備投資の循環

 

ⅲ.クズネッツの波

・15~20年周期の中期波動

・住宅(建築)循環

 

ⅳ.コンドラチェフの波

・約50年の長期波動

・技術革新の循環

 

 

2.インフレとデフレ

インフレーションインフレ

・物価が比較的長い期間にわたって持続的に上昇する現象

・貨幣価値は下落

・実質賃金は低下

・預貯金・年金の実質価値は目減り

・借金の負担は軽くなる

 

デフレーションデフレ

・物価が比較的長い期間にわたって持続的に下落する現象

・インフレとは逆になる

・貨幣価値は上昇

・資産価値は上昇

・借金の金利負担は重くなる

 

デフレ・スパイラル:不況と物価の下落の悪循環

 …不況で企業の売上減 ⇒ 賃金低下、失業者増加 ⇒ 需要減、消費落ち込み ⇒ 物価下落 

 

③スタグフレーション

・不況下でインフレが起こること

・1970年代の第1次石油危機後に発生


政治経済:国民所得と経済成長/解説(概略)

国内総生産(GDP)

国民総生産(GNP)

国民純生産(NNP)

国民所得(NI)

 

などの用語(日本語、漢字)と、アルファベットをセットで憶えるために、押さえておくと良いポイントを書いておきます。

 

これは日本語と英語表記とを対応させればわかりやすいです。

 

GDPは、gross domestic product

GNPは、gross national product

NNPは、net national product

NIは、national income

です。教科書には必ず本文中に出てくるアルファベット略称の下に小さく書かれているはずですので、確認してみてください。

 

そして、このアルファベット3文字を、1・2・3文字目と分けて見ていけば、わかりやすく、丸暗記にならずに憶えることができます。

ただし、NIは2文字ですが、1文字目が空白の3文字の用語と考えて下さい。つまり、Nは2文字目、Iは3文字目という扱いです。

 

 

まず、1文字目から見ていきましょう。

1文字目は原則としてGかNになります。

Gはgross、Nはnet です。

Gは「総」Nは「純」となります。

 

次に、2文字目。2文字目は原則としてDかNです

Dはdomestic、Nはnational ですね。

Dは「国内」Nは「国民」となります。

 

3文字目はPかIです(他のケースもありますが、後で確認します)。

PはproductIはincomeです。

Pは「生産」Iは「所得」です。

 

あとはこれらをパズルのように組み合わせればいいのです(アルファベットの1文字目と2文字目が日本語だと前後するので少し注意が必要です)。

 

①GDP

G=grossで総

D=domesticで国内

P=productで生産

なので、

「国内総生産」です。

 

②GNP

G=grossで総

N=nationalで国民

P=productで生産

なので、

「国民総生産」です。

 

③NNP

N=netで純

N=国民

P=生産

なので、

「国民純生産」です。

 

④NI

1文字目はなし

N=国民

I=incomeで所得

なので、

「国民所得」です。

 

 

他にも教科書や資料集には、

GNI、GNE、NNWなどが出てきます。

これも、以上の原則で対応できます。

 

⑤GNI

G=総

N=国民

I=所得

なので、

「国民総所得」です。

 

⑥GNE

が初めて出てくる用語ですが、GとNについてはこれまで通りなので、「国民総○○」という用語なのだと推測できます。

Eはexpenditureで、「支出」の意味です。○○には支出が入るので、GNEは「国民総支出」となります。

 

⑦NNW

これも、W以外はわかりますね。NとNなので「国民純○○」となります。3文字目のWはwelfareで、「福祉」という意味です。したがって、NNWは「国民純福祉」となります。

 

 

このようにして押さえていけば、混乱することもなくなると思います。ついでに英単語の勉強にもなりますね。


政治経済:国民所得と経済成長(概略)

1.国民経済の規模を示す指標

ストック

・過去からの蓄積。ある時点においてその国が保有する資産の合計

 

フロー

・一定期間(1年間)に行われた経済活動の成果

・その年におけるお金の流れ

※毎年リセットされる

 

2.フローを表す指標

国内総生産GDP

・GDP =(国内)総生産額 - 中間生産物

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政治経済:核兵器と軍縮/解説(概略)

核兵器と軍縮の補足説明です。

憶え方のヒントなどを補足します。

 

1.核兵器

①保有国の増加

 アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国は国連安保理の常任理事国なので大丈夫でしょう。北朝鮮もわかると思います。インドとパキスタンは隣国同士で仲が悪く、先にインドが核保有し、インドに対抗するためにパキスタンも核保有国となりました。

 また、イスラエルも核保有の疑惑がありますが、イスラエルは保有しているともしていないとも言っていません。資料集などでは、イスラエルを核保有国としているものと核保有疑惑国としているもの、それぞれがあります。

 

2.核軍縮の国際的な取り組み

 1963年の部分的核実験禁止条約PTBT1996年、包括的核実験禁止条約CTBTですが、

PTBTとは「Partial Test Ban Treaty」です。

CTBTは「Comprehensive Nuclear Test Ban Treaty」です。

 

 核兵器の禁止は「部分的」から「包括的」に段階をふんで拡大していくのが順当と思われます。ですから、部分的を示す Partial が先で包括的の Comprehensive が後、ということで、CTBTが先、PTBTが後とすれば忘れにくいです。

 

 なお、部分的核実験禁止条約は、部分的核実験停止条約でもOKです(禁止でも停止でもOK)。

 

 1968年の核拡散防止条約NPTは、「核兵器拡散防止条約」「核不拡散条約」などとも言います。教科書・参考書によって異なりますが、どれでもOKです。

 

 

3.米ソ(米ロ)2国間の取り組み

 SALTが先でSTARTが後、これも混乱しやすいところですが、SALTは戦略兵器制限条約、STRATは戦略兵器削減条約です。これも、まずは「制限」から始まって、その後さらに軍縮を進めて「削減」となるのが順当ですね。

 

 SALTのLがLimitation(制限)、STARTのRがReduction(削減)であることもあわせておさえておけば、SALTが先でSTARTが後という順番は大丈夫だと思います。

まあアルファベット順でL→Rでもいいです。

 


政治経済:核兵器と軍縮(概略)

1.核兵器

①保有国の増加

アメリカ、ソ連、イギリス、フランス、中国

インド(1974年)

パキスタン(1998年)

北朝鮮(2006年)

※国連安保理の常任理事国+印パ朝

 

核軍縮の契機

・1954年、第五福竜丸事件

 …アメリカの水爆実験で日本の漁船が被爆

 

・1962年、キューバ危機

 …米ソ核戦争の危機

 

2.核軍縮の国際的な取り組み

・1963年、部分的核実験禁止条約PTBT

 …地下以外(大気圏内、宇宙空間、水中)での核実験を禁止

 ※フランスと中国が不参加

 

・1968年、核拡散防止条約NPT

 …条約に加盟した非核保有国が新たに核保有することを禁止

 ※核保有国を当時の核保有5か国(米ソ英仏中)に限る

 

・1996年、包括的核実験禁止条約CTBT

 …あらゆる核爆発実験の禁止

 →「核保有国+開発能力のある国」(44か国)の批准が必要

 ※核保有国の米中印パなどが批准せず。現在も未発効

 

3.米ソ(米ロ)2国間の取り組み

①SALTⅠ(戦略兵器制限条約)

・1972年、調印、批准

 

②SALTⅡ

・1979年、調印

・アメリカ議会が批准せず、失効

※ソ連のアフガニスタン侵攻に対するアメリカの反発

 

中距離核戦力(INF)全廃条約

・1987年、調印

→その後、米ソ首脳が冷戦の終結を宣言

 

STARTⅠ(戦略兵器削減条約)

・1991年調印

・核弾頭の削減(=廃棄)

・1994年批准。2001年に完了

 

※1991年末、ソ連解体

 →ロシア

 

STARTⅡ

・1993年調印

・2003年までに戦略核兵器の核弾頭数を3分の1に削減

未発効

 

モスクワ条約

・2002年調印

・核弾頭の削減に合意・調印

 

 

⑦新START(新戦略兵器削減条約)

・2010年調印

 


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世界史:ビザンツ帝国(概略)

ビザンツ帝国(395~1453年)

・首都:コンスタンティノープル(旧ビザンティウム)

 

1.ユスティニアヌス(大帝)(在位527~565)

・ビザンツ帝国の最盛期を築く

・旧ローマ領を回復

・『ローマ法大全』の編纂

ハギアセント=ソフィア聖堂の建立

 

2.領土の縮小

・7世紀、イスラーム勢力などの侵入

軍管区制テマ制)の実施

 …ビザンツ帝国の領土をいくつかの軍管区(テマ)に分割し、司令官に軍事・行政権を委任

 ※そのもとで屯田兵制を実施

→勢力回復に成功

 

3.ローマ教会との対立

聖像禁止令

・726年、ビザンツ皇帝イオン3世が発布

※背景:イスラーム勢力の批判

・ローマ教会が反発し対立

 

②教会の東西分裂

・1054年、互いに破門

→東方教会:ギリシア正教会の成立

※西方教会はローマ=カトリック教会 

 

4.セルジューク朝の進出

※イスラーム化したトルコ人の王朝

①第1回十字軍

・11世紀後半、ビザンツ帝国から小アジアをうばう

→ビザンツ皇帝はローマ教皇ウルバヌス2世に救援要請

 ※第1回十字軍へ

 

ラテン帝国(1204~1261年)

第4回十字軍コンスタンティノープルを占領

ラテン帝国が成立、ビザンツ帝国の一時中断

 

※第4回十字軍:ローマ教皇インノケンティウス3世の提唱

 

③ビザンツ帝国の滅亡

・1453年、オスマン帝国に滅ぼされる


政治経済:戦後国際政治(概略)

0.冷戦概略

①冷戦の始まり(対立)

・1945年~、米ソを盟主とする東西両陣営間の対立

・米ソ間では直接の戦火を交えない対立

 

②平和共存路線(緩和)

・1950年代半ば

 

③キューバ危機(対立)

・1962年、キューバ危機:米ソ対立のピーク

 

④デタント(緩和)

・1960年代後半から本格化。米ソ間の緊張緩和

 

⑤新冷戦(対立)

・1979年、ソ連がアフガニスタンに侵攻

 

⑥冷戦の終結(緩和、終結)

・1980年代後半、冷戦の終結を宣言

 

 

 


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世界史:ノルマン人の活動(概略)

ノルマン人の活動(8世紀後半~)

・ゲルマン人の一派。別名ヴァイキング(入り江の人)

 

1.ロシアへの進出

・ノルマン人の一派・ルーシが東ヨーロッパに進出

 

ノヴゴロド国

・862年、ルーシの首長リューリクが建国

ロシアの起源となる

(1478年、滅亡)

 

キエフ公国

・882年、ノヴゴロド公オレークが南下し、建国

(1240年、滅亡)

 

2.フランスへの進出

ノルマンディー公国(911~1469年)

 …ロロが率いた一派により、北フランスにたてられた

 

3.イギリスへの進出

デーン人(ノルマン人の一派)の侵入

・9世紀末、アルフレッド大王に撃退される

・1016年、征服:デーン人の王クヌートによる(デーン朝

→数十年後、アングロ=サクソン王国が復活

 

ノルマン征服(ノルマン=コンクェスト)

・1066年、ノルマンディー公ウィリアムがイギリスを征服

ウィリアム1世としてノルマン朝(1066~1154年)を開いた

 

4.イタリアへの進出

両シチリア王国(1130~1860年)

 …ノルマンディー公国から分かれた一派が、南イタリアとシチリア島に侵入して建国 

 

5.その他

①デンマーク王国(8世紀頃)

②ノルウェー王国(9世紀末)

③スウェーデン王国(10世紀頃)

 


中学歴史:明治時代②/解説(ざっくり)

4.自由民権運動

 征韓論が否定されて政府を去った者のうち、言論で政府批判をした人たちの行動から、自由民権運動が起こりました。

 その始まりは、1874年、板垣退助らが民撰(民選)議院設立の建白書を政府に提出し、国会の開設を要求したことにあります。これをきっかけに、各地で自由民権運動が展開されていきました。

 一方、武力による反抗もありました。「士族の反乱」とまとめられますが、そのなかでも最大規模で最後の反乱が1877年の西南戦争でした。これは鹿児島の士族らが、西郷隆盛を中心に反乱を起こしたものでしたが、幕府の徴兵令で組織された軍によってしずめられました。

  

 自由民権運動のその後の動きですが、1880年に国会期成同盟が結成され、政府に国会の開設を改めて要求しました。こういった動きに対し、政府は1881年に国会開設の勅諭を出し、10年後に国会を開くことを約束しました。 

 これを受けて政党の結成が進みます。自由党(党首は板垣退助)、立憲改進党(党首は大隈重信)などが結成されました。

 

 しかしその後の自由民権運動は停滞します。その原因は、1880年代に多く起こった激化事件と呼ばれる暴動でした。なかでも埼玉県で起こった秩父事件は規模が大きく、軍隊が出動するほどでした。

 

 

5.憲法の制定

①憲法の制定前後の動き

 政府は近代国家の建設を進めていましたが、その大きな目標として憲法の制定がありました。その準備として1885年に内閣制度を発足させ、初代内閣総理大臣(首相)に伊藤博文が就任しました。この内閣制度は現在も続いています。

 

 そして1889年2月11日、ついに大日本帝国憲法が発布されました。この憲法は君主権の強いドイツの憲法を参考に作成され、主権は天皇にありました。国民は臣民とよばれ、法律の範囲内で各種の自由や権利が認められることとなりました。 

 

②帝国議会の開設

 議会は二院制で、貴族院衆議院で構成されました。このうち衆議院議員は選挙で選出されましたが、当時の有権者は直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子に限られ、国民の約1.1%にしかすぎませんでした。

 

 

6.対外関係と戦争

①不平等条約の改正

 1871~1873年に派遣された岩倉使節団は交渉に失敗し、欧米の視察を行い帰国しました。

 1880年代になると、政府は、欧米の制度や風習を積極的に取り入れることで欧米の国々に好印象を与え、条約改正の実現をめざしました。これを欧化政策といいます。東京には鹿鳴館が建設され、舞踏会が開かれました。しかし、国内からは批判が起こりました。

 1886年に起こったノルマントン号事件は、日本人乗客全員が死亡したものの、イギリス人の船長や乗組員は無事だったという事件です。裁判は領事裁判権(治外法権)にもとづいてイギリス側が行い、イギリス人は全員無罪となりました。これを受けて、国内では領事裁判権(治外法権)の撤廃を求める世論が高まりました。

 

 条約改正の実現は2段階です。まず1894年、領事裁判権治外法権)の撤廃に成功し、1911年、関税自主権を完全に回復することに成功しました。

 

日清戦争

 日清戦争は1894年、甲午農民戦争という朝鮮で起こった反乱がきっかけでした。清・日本から出兵した軍隊が衝突し、戦争となりました。

 結果は日本が勝利し、1895年に講和条約の下関条約が調印されました。そのおもな内容は。清は遼東半島台湾などを日本にゆずることと、日本に賠償金を支払うことなどでした。

しかし、下関条約調印の直後、ロシアフランスドイツとともに、遼東半島を清に返還することを要求してきました。これを三国干渉といいます。これらの国々に対抗する力のない日本は、この要求を受け入れ、遼東半島を返還しました。ロシアにとっては、日本が中国に進出してくるのがおもしろくなかったのです。

 

③日清戦争後の中国

 日清戦争後、清に対しては欧米列強や日本が進出を進め、清は半植民地のような状態になりました。これに反発する民衆が外国の勢力を追い払うために蜂起したのが1899~1900年の義和団事件でした(江戸時代の日本の攘夷運動のようなものです)。しかし日本やロシアなど各国は清に出兵して、これをしずめました。

 

④ロシアとの対立と戦争

 三国干渉にもみられたように、日本はロシアとの対立を深めていきました。1902年、日本は、同じくロシアと対立していたイギリスと同盟を結ぶことに成功しました日英同盟)。

 

 1904年、ついに日露戦争が始まりました。この戦争に関連して、詩人の与謝野晶子は、出兵した弟を思い「君死にたまふことなかれ」という詩を発表しました。

 

 1905年、アメリカの仲介によって、日露戦争の講和条約であるポーツマス条約が調印されました。そのおもな内容は、ロシアは北緯50度以南の樺太を日本にゆずる、ロシアは南満州鉄道の利権を日本にゆずる、といったことでした。これを受けて、日本は日本南満州鉄道株式会社(満鉄)を設立することになります。なお、ポーツマス条約では日本は賠償金は得られませんでした。ロシアは負けたとは思っていないので、賠償金には応じませんでした。

 この内容が国民に知れわたると、重い税金にたえていた人々の不満が爆発し、日比谷焼き打ち事件が起こりました。 


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中学歴史:明治時代①/解説(ざっくり)

 

1.近代国家の確立

戊辰戦争

 明治新政府が成立してすんなりと新しい時代に入っていったわけではなく、反対する旧幕府軍と新政府軍の間で戦争が起こりました。これが戊辰戦争で、1年半ほどかけて新政府軍が勝利し、国内を統一しました。

 

明治維新

 戊辰戦争が行われている間も、新政府は新しい政治体制をつくっていきました。1868年3月、明治天皇が神に誓う形式で新政府の基本方針を示したのが五箇条の御誓文す。

 さらに中央集権国家を建設するために、1869年に版籍奉還、1871年に廃藩置県が実施されました。

 

 大政奉還では、幕府のみが政権を朝廷に返上しただけで、それ以外の大名は江戸時代と変わらず支配を続けていたのです。これを、版籍奉還によって、すべての藩主(旧大名)もまた、土地と人民を朝廷に返上することとなりました。

 さらに廃藩置県によって、これら全国の藩を廃止し、かわりに府や県を設置しました。こうして、中央集権的な国家づくりが進んでいきました。

 

③富国強兵

 豊かで強い国をつくる(富国強兵)ために、まず教育分野を整えました。

 1872年に学制を発布し、6歳以上のすべての男女に教育を受けさせることとしました。

 次に兵制では、1873年に徴兵令が出され、20歳になった男子に兵役の義務を負わせました。それまでは戦うことは武士だけの仕事でしたが、それを変更しました。

 税制においては、1873年から地租改正が実施されました。江戸時代の年貢では収穫高を基準に課税していましたが、それを地価に変更しました。税金である地租の税率は地価のとし、地券を交付された土地の所有者が現金で納めることとなりました。これにより、新政府は収穫高に左右されない、安定した財源を確保することができました。

 

 

2.近代化と発展

文明開化

 政府の主導によって積極的に欧米の文化が取り入れられ、都市を中心に伝統的な生活様式が西洋化していきました。これを文明開化といいます。人力車馬車ガス灯洋服など新しい文化・習慣が広まりました。

 ほかにも、鉄道が開通し、産業の発展に寄与しました。

 

②新しい思想

 福沢諭吉「学問のすゝめ」を買いて、人間の平等や民主主義を紹介しました。ほかにも、中江兆民はフランスの思想家ルソーの民主主義思想を紹介し、のちの自由民権運動に影響を与えました。

 

③殖産興業

 産業の発展も、民間の動きを待つ余裕はなく、政府主導で行われていきました。その1つとして官営模範工場官営工場)というお手本となる工場の設立がありました。例えば群馬県の富岡製糸場などがそうです。

 

 

3.近代的な国際関係

①岩倉使節団の派遣

 江戸幕府が結んだ不平等条約を改正するために、1871年から2年ほどかけて、岩倉具視をリーダーとする使節団が派遣されました。ほかに大久保利通木戸孝允ら政府の有力者も参加しました。条約改正交渉は失敗しましたが、欧米の進んだ産業・経済・政治状況の視察を通して、日本の国力充実の必要性を痛感して帰国しました。

 

②中国との関係

 中国(清)とは1871年に日清修好条規という対等な条約を結び、国交を開きました。

 

③朝鮮との関係

 岩倉使節団が海外を視察している間、政府内では、鎖国を続けていた朝鮮に対して武力で開国をせまる征韓論が台頭していました。ちょうど岩倉使節団が帰国すると大久保利通らがこれに反対をとなえ、1873年、征韓論は否定されました。征韓論を主張していた西郷隆盛板垣退助らは政府を去りました。

 その後、 日本と朝鮮が武力衝突した1875年の江華島事件をきっかけに、1876年に日朝修好条規という朝鮮にとって不平等な内容の条約を結び、日本は朝鮮を開国させました。

 なお、政府を去った板垣退助は言論による自由民権運動を起こし、西郷隆盛は武力で西南戦争に参加することになります。

 

 

⑤北海道の開拓

 それまで蝦夷地と呼ばれていた北海道には開拓使が設置され、屯田兵が開拓にあたりました。この影響で先住民のアイヌ民族は土地や漁場をうばわれることとなってしまいました。

 

⑥沖縄

 琉球王国は独立国でしたが、1872年、明治政府は琉球王国を琉球藩として日本への組み込みをはかりました。1879年、この琉球藩を廃止し、沖縄県の設置を断行しました。この一連の政策を琉球処分といいます。


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中学歴史:江戸時代④/解説(ざっくり)

江戸時代の最終回となります。

 

8.開国と国内の状況

 1853年、アメリカペリー浦賀(神奈川県)に来航し、日本に開国を要求しました。幕府は回答を保留し、いったんはペリーを帰らせましたが、翌1854年にペリーが再来航し、武力を背景に改めて幕府に開国を要求してきました。幕府は圧力におされて、日米和親条約を結びました。

 この条約の内容は、日本は下田(静岡県)と函館(北海道)の2港を開港すること、そして日本はアメリカ船に食料・水・石炭などを供給する、といったものでした。これにより、200年以上続いた鎖国が終わりました。

 

 とはいえ、まだこの段階では日本は貿易を開始していません。またもやアメリカの強い要求におされた幕府は、1858年、大老井伊直弼が反対派をおさえるかたちで日米修好通商条約に調印しました。

 この条約により、日本は神奈川(横浜)など5港を開いて貿易を開始することになりました。また、この条約は日本に不利な不平等条約でもありました。その内容は2つあり、領事裁判権治外法権)を認めることと、日本に関税自主権がないということです。

 領事裁判権を認めるということは、日本で犯罪をしたアメリカ人はアメリカの裁判官がアメリカの法律で裁判するということです。関税自主権がないということは、日本側が自由に関税をかけられない、すなわち安い外国製品が安い価格のまま日本に入ってくるということです。

 日本はこのような条約を、イギリス・フランス・オランダ・ロシアとも結びました。

 

 こうして貿易が開始されましたが、日本からの輸出品は生糸が80%以上で、ほかにはなどでした。最大の貿易港は横浜、当時の最大の貿易相手国はイギリスでした。アメリカは南北戦争の影響で貿易は少なかったのです。

 

 開国により国内では混乱が生じ、幕府に対する批判も高まっていきました。これに対し、大老井伊直弼は弾圧をしました(安政の大獄)。しかし、このような対応はさらなる反発をまねき、井伊直弼は暗殺されてしまいました(桜田門外の変)。

 

 国内では尊王攘夷運動が高まっていきました。尊王論(天皇を尊ぶ)と攘夷論(外国を排除する)が結びついたものです。

 「幕府ではだめだ」→尊王論へ。「外国と貿易を始めたから生活が混乱した」→攘夷、といった流れです。

 

 

9.江戸幕府の滅亡

「尊王攘夷」のうち、攘夷は不可能だということが次第にわかってきました。

 例えば薩摩藩は、大名行列を横切ったイギリス人を殺害した生麦事件の報復としてイギリスから攻撃され(1863年、薩英戦争)、その実力差を認識し、勝てるわけがないとさとりました。

 一方、長州藩も、下関(関門)海峡を横切る外国船を砲撃した報復として、1864年にアメリカ・オランダ・イギリス・フランスから攻撃を受け(四国艦隊下関砲撃事件)、攘夷が不可能であることを認識しました。 

 両藩とも、幕府をたおして新しい政府をつくり、欧米に対抗していくことを考えるようになりました。

 

こうして、倒幕のうごきが強まっていきます。1866年には、土佐藩出身の坂本龍馬坂本竜馬)らの仲介で薩長同盟が成立し、薩摩藩と長州藩が手を結びました。

このころの両藩の中心人物は、薩摩藩西郷隆盛大久保利通長州藩高杉晋作木戸孝允らでした。

 

 民衆の間でも、「世直し」を期待する農民の一揆が全国で多発し、またええじゃないかと人々がおどりさわぐ現象も起こっていました。

 

 こうした状勢のなか、江戸幕府の15代将軍徳川慶喜は、1867年10月、政権を朝廷に返上することを表明しました(大政奉還)。

 その後、朝廷は王政復古の大号令を出して、天皇を中心とする政府の樹立を宣言しました。こうして、260年あまり続いた江戸幕府の時代は終わりをむかえました。


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中学歴史:江戸時代③/解説(ざっくり)

6.新しい学問・思想と化政文化

①新しい学問や思想

 国学というのは、仏教や儒教が伝わる以前の、日本人特有の考え方などを明らかにしようとする学問です。「古事記伝」を書いた本居宣長が大成しました。

 

 国学に対し、蘭学とは、オランダ語を通じて西洋の技術や知識を学ぶ学問です。「蘭」はオランダの意味ですね。ヨーロッパの国ではオランダだけが日本と貿易を許されていたので、日本人が外国のことを学ぶにはオランダ・オランダ語を通して、ということになります。

 蘭学者としては杉田玄白らがいます。杉田玄白は、ヨーロッパの人体解剖書を翻訳して18世紀後半に「解体新書」を出版しました。

 また、19世紀に入ると、伊能忠敬が西洋の測量術を学び、より正確な日本地図を作成しました。

 

化政文化

 19世紀前半、江戸を中心に栄えた、庶民を担い手とする文化です。元禄文化は上方つまり大阪や京都を中心としていました。

 

 絵画では、美人画というジャンルで喜多川歌麿が多くの作品を残したほか、風景画では葛飾北斎の「富嶽三十六景」、歌川広重安藤広重)の「東海道五十三次」が有名です。

 

 文学作品では十返舎一九の「東海道中膝栗毛」、俳諧では小林一茶らが活躍しました。松尾芭蕉は元禄文化なので注意しましょう。

 俳諧の5・7・5の形式で庶民の生活などをおもしろおかしくよんだのが川柳、5・7・5・7・7の和歌の形式が狂歌です。いずれも庶民の間で流行しました。

 

 教育も広がりを見せました。武士のための学校として、各地の藩が設立したのが藩校です。人材育成のための学校で、儒学などを教えました。

 寺子屋は、各地の町や農村に設立された庶民のための教育機関でした。生活に必要な読み・書き・そろばん(計算)などを教えました。

 

 

7.幕藩体制の動揺

政治の内容にもどります。

 

①外国船の来航と幕府の対応

 18世紀後半から、日本には貿易を求めて外国船が多く来航しました。19世紀になるともっと増えてきました。外国船の来航はペリーが初めてというわけではありません。

 

 このような事態への対応として、幕府は北方の調査に力を入れました。間宮林蔵樺太を探検して島であることを発見したのも、こういった背景があったのです。

 

 1825年、幕府は鎖国政策を守るために、異国船打払令外国船打払令)を出し、日本に近づく外国船を追い払うことを命じました。この法令にもとづいて、1837年にアメリカの商船を打ち払う事件が起こると、蘭学者の渡辺崋山高野長英が幕府の政策を批判したために罰せられました(蛮社の獄

 

②国内の動揺

 幕府をなやませたのは、外国船の来航だけではありません。1830年代に天保のききんが発生し農村で百姓一揆、都市で打ちこわしが急増しました。さらに幕府にとって衝撃的だったのは、幕府のもと役人の大塩平八郎が、反乱をおこしたことでした(大塩の乱大塩平八郎の乱))。

 

③農村の変化

 農村は本来であれば自給自足が幕府の方針でしたが、そんなことおかまいなしに大商人がやってきて工場を建設し、農民をやとって工場で分業生産させる事例が増えてきました。これを工場制手工業マニュファクチュア)といい、19世紀以降に広まりました。

 

天保の改革

 国内外の危機に対応するために、老中水野忠邦は天保の改革を始めました。

まず、物価の上昇をおさえるために、株仲間の解散を強行しました。これは逆効果になったので、10年後には株仲間が再興されますが。

 また、江戸に出かせぎに来ていた農民を農村に帰らせ、農村の復興をはかりました。

 さらに、幕府の収入を上げるために、江戸・大阪周辺の農村を幕府領にする命令を出しましたが、大名や旗本の反対で中止となりました。幕府が決めたことが、反対を受けて中止となるということは、それだけ幕府の力がおとろえていたことでもあります。

 

 結局、天保の改革はは2年余りで失敗に終わってしまいました。


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中学理科:圧力(基礎)

1.圧力

・単位面積あたりの面に対して垂直にはたらく力

・単位:PaN/㎡N/㎤ など

・公式:圧力=面を垂直におす力 ÷ 力がはたらく面積

 ※Pa =N ÷ ㎡

→おす力が同じ場合、面積が小さいほど圧力は大きくなる

 例)とがっている方が痛い

→面積が同じ場合、おす力が大きいほど圧力は大きくなる

 例)ペットボトルをのせたスポンジは、水が多く入っている方が深くへこむ

 

 

2.水圧

・水中で あらゆる向きからはたらく圧力

・同じ深さでは水圧も同じ

・水面からの深さに比例して大きくなる

 →深いほど水圧も大きい

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中学理科:力のはたらき(基礎)

1.力の3つのはたらき

物体の形を変える

物体の運動のようすを変える

物体を支える、持ち上げる

 

2.さまざまな力

重力

・地球が物体を地球の中心に向かって引く力

 

垂直抗力

‣面に接している物体が、その面から受ける垂直方向(上向き)の力

 

摩擦力

・物体の運動の向きと逆方向にはたらく力。物体と物体がふれあう面ではたらく

 

磁力

・磁石と磁石、磁石と鉄などの間にはたらく力

 

3.力の大きさ

・単位:ニュートン

1N:地球上で100gの物体にはたらく重力の大きさとほぼ同じ

 

4.力の表し方

①力の3要素

作用点(力のはたらく点)

力の向き

力の大きさ

 

②力の矢印(下の図)

※人が何かを押しているところ

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効率的な暗記・記憶を

「エビングハウスの忘却曲線」というのを聞いたことがあるでしょうか。

 

詳しくは検索すれば出てきますので、ここではこのサイトらしく ざっくりと紹介します。

 

人は何かを記憶すると、やがて忘れていきます。

20分後には42%、

1時間後には56%、

1日後には67%、

6日後には75%忘れます。

1か月後には79%忘れます。

 

これをグラフにすると(横軸が時間、縦軸が憶えている割合)、反比例のような曲線のグラフになるというものです。

 

(6日後と1か月後とで、75%から79%にまでしか減らないのか、と思いましたが、6日経っても憶えていることは、1か月たってもだいたい憶えているということでしょう)

 

もっとも、ここでは「何日で何%忘れる」というのはどうでもいい話で、大事なのは、憶えたことは確実に忘れていく、ということです。

 

 

社会科は丸暗記科目では決してないですが、それでも暗記は必要です。憶えることが不可欠です。

 

「なかなか憶えられない」「すぐに忘れてしまう」という生徒が毎年多いのですが、それに対する回答としては、「そんなことは当たり前。忘れて当たり前」ということです。

 

 

1時間くらいかけてある分量を暗記したとしても、その勉強を終えた瞬間から確実に忘れていきます。

 

1回勉強したら次にその科目を勉強するのは2週間後、あるいはもっと先、というのでは、まったくもって非効率です。

 

やりっぱなしでは意味がない」ということですね。

 

翌日、遅くても2日後くらいには、同じ科目の同じ範囲を復習した方が良いです。

 

学校や塾・予備校の授業についても、その日か翌日か週末でもいいので、復習しないと身に付かないですね。

 

 

一応、モデルケースを示してみると、

8月1日に勉強した場合、

その日のうちに復習(8/1)

1日後に復習(8/2)

1週間後に復習(8/8)

2週間後に復習(8/15)

4週間後に復習(8/29)

・以降は2~4週間ごとに復習(毎月中旬・下旬)

といった感じです。

 

たとえ1日5分でも、やるとやらないとではまったく違います。

 

復習することによって、忘れていたこと・忘れかけていたことが再び記憶され、忘却曲線に逆らう感じで記憶が定着していきます。

 

したがって、勉強計画のスケジュール帳は、今日やることに従って、明日も1・2・4週間後も機械的に埋まっていくということでもあります。

 

政治経済:企業、会社、株式会社(解説)

1.多様な企業形態

①企業の種類

企業にはさまざまな種類があるのですが、まず最も大きな分類が、公企業・私企業・公私合同企業です。私企業はさらに個人企業と共同企業に分かれて、共同企業がさらに組合企業会社企業に分かれて、会社企業に合同会社・合資会社・合名会社・株式会社・特例有限会社がある、ということになっています。

 

かつては有限会社もありましたが、会社法の施行により新規設立は不可となり(かわりに合同会社が新設された)、現在もある有限会社は、法律上は特例有限会社として、株式会社の1つということになっています。

 

長くなりましたが、企業のなかに会社があるので(企業=会社とは必ずしもならない。農家も企業である(個人企業))、経済の三主体を問われて「会社」と書いてはいけない理由もここにあります。

 

 

②さまざまな会社

さて、高校の政治経済や現代社会では、企業のなかでも会社企業に着目します。

合名会社・合資会社・合同会社、面倒ですが憶えるしかありません。合名・合資・合同の意味は考えなくていいです。辞書で調べて、それが憶える助けになるのであればそうしてください。

 

・「社員」とは何か。

次に、無限責任社員有限責任社員ですが、「社員」という言葉に注意が必要です。一般的に「社員」というと、「会社員」「正社員」「契約社員」「派遣社員」という言葉があるように、「会社で働いている人」「サラリーマンのこと」という使われ方をしていますが、法律上は異なります。

 

社員とは、出資者のことです。したがって、無限責任社員とは、出資者(会社設立のための資金を出した人)のうち、会社の借金=自分の借金となる人です。責任が無限なので、自分の財産をなげうってでも会社の借金を返さなければならない人です。

有限責任社員の場合は、会社の借金は自分の借金ではないので、会社が倒産しても自分の財産から返済する必要はありません。自分の出した資金が返ってこないだけです(有限責任)。

 

社員=出資者なので、株式会社の株主も会社のためにお金を出しているのですから、株主は社員(有限責任社員)となります。株主は、会社が倒産しても借金を返済する義務はないので、有限責任です。株式を購入したお金が丸々なくなるだけで、それ以上の返済を求められることはありません。

 

・会社員・サラリーマンが社員ではないのなら、何と呼ぶ?

会社員・サラリーマン、パート・アルバイトなどは、法律上は「従業員」となります。従業員は、法律上は会社の外部の存在です。逆に、株主は会社の内部の存在になるのです(違和感がありますが)。

ある人がA社で働いている場合は、「私はA社の従業員です」となります。この人がB社・C社・D社の株を買ったら、「私はA社の従業員で、B社とC社とD社の社員でもあります」となるのです。

 

 

2.株式会社 

所有と経営の分離」についてですが、まず、株式会社は株主のもの(株主が所有している)ということになります。ですが、株主は経営に関しては素人の場合が多いので、経営については経営のプロに任せます。この経営のプロが取締役(経営者)として活動するのが大企業では一般的になっています(雇われ社長みたいな感じです)。株主は、カネは出すが経営に口出しはしないというスタンスです。

 

ただし、中小企業では株主が経営者を兼ねることが多いですし、自分で株式会社を設立して社長として大企業まで育てたような場合も、分離はしないことが多いです。

 

 

②企業経営に関するさまざまな用語

板書に示した以外にも、M&A他社に対する合併・買収)、R&D研究・開発)などの重要語句があります。

 


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政治経済:企業、会社、株式会社(概略)

1.多様な企業形態

①企業の種類

公企業:国や地方公共団体が出資・所有・運営する企業。利潤を目的としない

私企業:民間の出資により運営される企業。利潤を目的に活動

公私合同企業:国や地方公共団体と、民間の共同出資で設立・運営される企業

 

②さまざまな会社:私企業の形態の1つ

会社法:会社企業について規定した法律

合名会社:出資者は無限責任社員1名以上

合資会社:出資者は無限責任社員有限責任社員 各1名以上

合同会社:出資者は有限責任社員1名以上。会社法で新設

株式会社株主1人以上(有限責任

 

2.株式会社

株式を発行し、投資家(株主となる人)から資金を集める

 →株主利潤の一部を配当として受け取ることができる

 ※株主は有限責任社員 

 

・株式は売買が可能:上場企業であれば証券取引所で原則自由に取引可

 →キャピタルゲイン…株主が株式を売買して得られた利益

 

株主総会…株式会社の最高議決機関。すべての株主が出席して開かれる

 →ここで選出された取締役が、取締役会で具体的な経営方針を決定

 

所有と経営の分離:会社の所有者である株主と、経営にあたる取締役は別

 

②企業経営に関するさまざまな用語

内部留保社内留保)…企業の利益から、税金・配当・役員賞与などを差し引いた残り

自己資本:内部留保、当期純利益、株式の発行で得た資金(返済の義務なし)など

他人資本:社債の発行や銀行からの借り入れで得た資金(返済の義務あり)

ステークホルダー利害関係者

 …株主、経営者、従業員以外に、消費者、地域住民なども含む

 

企業の社会的責任CSR

フィランソロピー…企業の慈善行為、社会貢献活動。ボランティア活動など

メセナ…特に芸術・文化活動に対して企業が支援すること

コンプライアンス法令遵守

 →法令に限らず社会規範や企業倫理を守ることも含む

 

ディスクロージャー…企業情報の開示のこと

  ※特に、株主などに対する企業の財務内容の公開

コーポレート・ガバナンス…企業統治のこと

 


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歴史の「〇〇年」は憶えた方が良いのか

歴史(中学歴史、高校日本史・世界史)において、あるできごとが何年(西暦年)に起きたかを憶えるべきかという話。

 

結論から言えば、憶えた方が良いです。

 

特に、このサイトの「ざっくり」「基礎基本」等として出てくる事項については、できる限り憶えるべきだと思います。

 

というのも、私の場合ですが、

・〇世紀前半・後半だけ憶えて西暦何年というのを曖昧にしてしまうと、頭の中にある年表がボンヤリした状態になってしまい、気持ち悪いので、できるだけハッキリさせておきたい。

・「流れで憶えればいい」と言っても、何年か知らないことには流れもつかめない。

 

といったことがあるからです。

 

私は、教科書に載っている事柄の西暦年は全部憶えるようにしています。

 

特に世界史ですと、教科書の順番と年代順が逆に書かれていることもあるので、西暦年で正確に把握しておくことで、横の歴史の前後関係や地域相互の関係がつかみやすくなります。

 

 

歴史の成績がなかなか上がらない、という人は、何年という数字をしっかり憶えるようにするといいかもしれません。語呂合わせで憶えるのもありです。

 

特に憶えていないけど歴史は得意だ、という場合は、そのやり方でOKということだと思いますので、無理にやり方を変えなくていいと思います。

 

私大一般入試の社会科選択について(4)

過去3回の記事で、私立文系の一般入試における社会科の選択科目は、政治経済が1番おすすめ、と書きました。

 

その一方で、政経選択には問題点もあります。

 

多くの大学・学部で政経受験が可能ですが、一部の大学・学部では受験ができないということです。

 

まず、文学部などは多くの大学で政経を選択できません。

 

そのほか、たとえば

慶應義塾大学は、全学部において政経は選択不可です。

上智大学は、TEAP利用は政経選択可、一般入試は不可です。

立教大学は、全学部入試は政経選択可、一般入試は不可です。

 

また、早稲田大学の政治経済学部は、以前は政経選択が可でしたが、現在は選択できなくなりました(政治経済学部で政治経済が選択できないとは…)。

 

 

ですので、私立文系に進む人で、文学部に行きたい(受けるかもしれない)、慶應に行きたい、といった場合には、政経以外の科目になります。

 

ということで、志望大学の選択科目は早めに確認しておきましょう。

 

 

ちなみに、早稲田の政治経済学部は2021年度入試から入試制度が大幅に変わることが発表されていますね(現在の高校1年生が受験する年です)。

 

(了)

 

政治経済:市場経済、需要と供給(解説)

今回の単元について、文章で補足説明しています。

長くなってしまいましたが、理解が進むにつれてサクサク読めると思います。

 

1.経済主体

経済主体には、企業家計政府の3つがあります。教科書や資料集の図を見るとわかりますが、商品や労働力、貨幣などが互いに交換されています。

 

特徴は、互いに貨幣が必ず動いているということです。

税金(租税)、賃金(給料)、代金など、

さまざまに名前を変えて、お金が交換されています。

 

こうやって経済が循環しているのですね。

 

ちなみに

は形のある商品

→例えば野菜、自動車、文房具など

 

サービスは形のない商品

→例えば散髪、塾、医療などです。

 

2.市場メカニズム

市場メカニズムとは、簡潔にいえば市場価格を均衡価格に導くしくみです。

 

具体的には、

①価格(市場価格)に応じて需要・供給が決まる

②売れ残り・品不足に応じて価格が変動する

③その価格に応じてまた需要・供給も変動する

④やがて売れ残り・品不足もなくなっていく

ことです

 

売れ残り・品不足がないということは、需要と供給がぴったり一致したということでもあり、このときの市場価格を特に均衡価格といいます。

 

実際にお店で販売されている価格は全て市場価格です。さらに市場価格のなかでも、需要と供給が一致する場合を均衡価格といいます。

 

3.需給曲線を読み取る 

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政治経済:市場経済、需要と供給(概略)

Ⅰ.概略の把握

1.経済主体

企業家計政府の3つがある

 →互いにサービス貨幣と交換

 

2.市場メカニズム

・価格の変動によって需要・供給の不均衡が調整されるしくみ

 →需要と供給が一致する価格へ向かう

市場価格…需要と供給の関係により決まる価格

 ※実際に販売される価格

均衡価格…需要と供給を一致させる価格

 ※需要曲線と供給曲線の交点の価格

 

3.需給曲線を読み取る 

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私大一般入試の社会科選択について(3)

私立文系の一般入試で、社会科の選択科目は

1.政治経済

2.日本史

3.世界史

の順番でおすすめである理由の2つめです。

前回の記事とは逆のアプローチで、なぜ世界史が、政経・日本史よりおすすめできないのか、を考えてみます。

 

日本史は中学歴史、政経は中学公民が、それぞれベースとなっています。

たとえば、「織田信長」や「プライバシーの権利」は、言葉くらいは誰でも知っているでしょう。なぜなら、中学の歴史・公民で必ず登場し、学習しているからです。織田信長なら小学校でも出てきます。

 

それに対し、世界史の内容は、大部分が高校で初めて習うものです。「カール大帝」は世界史では超重要人物ですが、世界史選択者以外で知っている人は少ないですね。

 

中学の歴史・公民がベースとなって、その上に日本史・政経が乗っかるのに対し、世界史は中学では少ししか学習しないため、初めての内容が多く、負担が日本史・政経に比べて大きくなります。

 

実際、「世界史を選択したけど、難しいから日本史にかえる」という人は時々いますが、「日本史が出来ないから世界史にかえる」という人は直接知っている範囲では見たことがありません。

 

さらに政経と日本史でいえば、日本史の方が人物や用語が複雑で、憶えるのが大変です。日本史だと「北条~~」「足利~~」「徳川~~」など何人も出てきますからね。

教科書の厚さも日本史の半分だし、やはり政経が一番手になるかな、という感じです。

 

政治経済:資本主義経済の発展と変容(解説)

上の図解をふまえて、この単元の要点を文章で解説します。

 

1.

アダム・スミスの思想に基づいて、自由放任主義レッセ・フェール)を採用。資本主義は放っておけば(小さな政府)、神の「見えざる手」に導かれてうまくいく、とのことだったが…。

→やがて問題点が発生(貧富の格差、恐慌)

 

2.

何事もそうですが、問題への対応は大きく2つ。

①資本主義を修正・改善する(資本主義路線の継続)。

②資本主義そのものを否定して新しいシステムをつくる(社会主義路線)。

 

→①を採用したのがケインズ。自由放任だとダメだから、政府はある程度介入しましょう(大きな政府。不景気なら公共事業をやりましょう(有効需要の創出)。こうして修正資本主義混合経済体制)が成立

 

→②を採用したのが、マルクス。資本主義を全否定して、社会主義を主張。あえて言うなら、「究極の大きな政府」

 

※しかし、①②とも問題が発生したので、また対応が必要になった(3.に続く)

 

 

3A.資本主義路線

フリードマン新自由主義を主張。修正資本主義をやめて、アダム・スミスの小さな政府」に戻そう、ということ。今の「格差社会」もそういう背景がある。

 

 

3B.社会主義路線

社会主義も問題が生じたので、社会主義を①修正するか、②否定するかで対応が分かれた。

①修正

中国は社会主義を修正する路線。社会主義の枠内で、改革・開放政策を採用。これを、社会主義市場経済という。

 

②否定

・ソ連、東欧諸国など、かつての社会主義国家のほとんどはこちら。社会主義を放棄して市場経済へ移行した(資本主義化)

 

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政治経済:資本主義経済の発展と変容(概略)

※一番下に、資本主義と社会主義の変遷の図解があります。

 

1.資本主義経済の成立・発展(18~19世紀)

アダム・スミスの経済思想

・主著:『国富論(諸国民の富)

自由放任主義レッセ・フェール

 …神の「見えざる手」に導かれると主張

 ※「小さな政府」:政府の介入を最小限にとどめる

 

②資本主義経済の問題点(19世紀後半~)

・貧富の格差、恐慌の発生など

 

 

2.資本主義経済の変容(20世紀前半~)

資本主義経済の修正

資本主義の枠内での改革

ケインズの経済思想

 …有効需要の創出・拡大

 →修正資本主義混合経済体制)の成立

 ※ 「大きな政府」:必要に応じて政府が介入(公共工事、福祉など)

 

①’:1970年代、問題の発生

・2度の石油危機:各国の高度経済成長が終わる

・財政赤字の拡大:大きな政府はお金がかかる

 

 

資本主義経済の否定

資本主義を否定、別の経済体制を構築

マルクスの経済思想

 ※主著『資本論

社会主義(思想)に基づく計画経済

社会主義国家の成立:ソ連(1922~1991年)など

 

②’:問題の発生

・計画経済の機能不全

・生産意欲の低下、技術革新への動機づけが不十分

→資本主義諸国との経済格差が拡大

 

 

3A:修正資本主義の修正

フリードマンの経済思想

 →新自由主義の登場

 ※「小さな政府」への回帰

 

・1980年代、アメリカ・イギリスなどで推進

 

 

3B:社会主義経済の変容

①社会主義の修正

中国改革・開放政策

 …社会主義市場経済の導入

 →社会主義を維持しつつ、市場原理を導入

 

②社会主義の否定

・ソ連、東欧諸国:社会主義の放棄

 →市場経済へ移行

 

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私大一般入試の社会科選択について(2)

前回の記事では、

 

私立文系の一般入試で、

 

社会科の選択科目は

 

1.政治経済

2.日本史

3.世界史

 

の順番でおすすめ

 

と書きました。

 

その理由は、

 

大きく2つあります。

 

 

1つめの理由は、

 

政治経済は、

覚える量が少ない

 

ということです。

 

 

教科書そのものを見ると、

 

政治経済の教科書は

 

日本史や世界史の

 

半分です。

 

 

ですので、

 

政治経済を選択すれば、

 

日本史や世界史ほどの

 

苦労はしなくてすみます。

 

 

別の理由につきましては、

また次回書きます。

 

 

私大一般入試の社会科選択について(1)

私大文系の一般受験において、社会科(地歴・公民)の選択はどれがおすすめか。

 

高校の地歴・公民には、地理、日本史、世界史、現代社会、倫理、政治経済の6科目がありますが、受験科目として設定している大学・学部の数でいうと、世界史=日本史>政治経済>地理となります(倫理・現代社会はほとんどありません)。

 

地理も受験できる大学・学部が少ないので、現実的には、世界史・日本史・政治経済の3科目のなかから選ぶことになります。

 

おすすめは、政治経済>日本史>世界史の順番になります。

(もちろん、好き嫌い・合う合わないなど個人の事情によって変わってきますが、それを言うとキリがないので、ここでは3科目とも同じ条件として考えます)

 

その理由については、また次回書きます。

 

ブログ

作成者(管理人)によるブログを書いていきます。毎日・週1・月1…更新頻度はわかりませんが、勉強・受験のことや、各教科・各科目のことなどを書いていきたいと思います。

 

まず簡潔な短めの文章を公開して、その内容(テーマ)を何回かに分けて、あるいは加筆していくスタイルにします。

というのも、文章をきっちりまとめてから公開しようとすると、とても時間がかかってしまうのと、文章量も多すぎてしまうことに気づいたので。

このへんは社会科の勉強と同じですね。先に要点をおさえて、次に詳しい内容に広げていく。このサイトでまとめているやり方と同じです。

 

世界史:フランク王国(概略)

1.フランク王国

・481年、建国

・その後、西ヨーロッパの主要部分を統一する

 

メロヴィング朝(481~751年)

ⅰ.建国

クローヴィスが建国

アタナシウス派に改宗

 ※フランク王国発展の基礎

 

ⅱ.カロリング家の台頭

・フランク王国の宮宰(マヨル=ドムス)を世襲していた

・732年、トゥール・ポワティエ間の戦い

 …宮宰カール=マルテルがイスラム軍(ウマイヤ朝)を撃退

 →カロリング家がフランク王国の実権をにぎる

 

カロリング朝(751~987年)

ⅰ.建国

ピピンピピン3世)が建国

 ※カール=マルテルの子

 

・756年、ピピンの寄進

 …ランゴバルド王国を攻撃し、ラヴェンナ地方を教皇に寄進

 ※教皇領の起源

 

ⅱ.カール大帝(シャルルマーニュ)

・カロリング朝の最盛期を築く

 ※ピピンの子

 

・外征:西ヨーロッパの大半を統一

 ※イギリス、スペインなどを除く

 

・800年、カールの戴冠

 …教皇レオ3世が西ローマ皇帝の帝冠を授けた

 →西ローマ帝国(476年滅亡)の復活を宣言

※意義:西ヨーロッパ世界の成立

  

3.フランク王国の分裂

・843年、ヴェルダン条約

・870年、メルセン条約

東フランク王国西フランク王国イタリア王国に分裂

※それぞれカロリング家が国王。その後、いずれも断絶

 

 

4.3国のその後

東フランク王国(843~911年)

※現在のドイツ

ⅰ.断絶

・911年、カロリング家が断絶

 

ⅱ.ザクセン朝

オットー1世の活躍

→962年、教皇から帝冠を授かる

 ※初代神聖ローマ帝国皇帝となる

 ※神聖ローマ帝国の成立(962~1806年)

 

 

②西フランク王国(843~987年)

※現在のフランス

ⅰ.断絶

・987年、カロリング家が断絶

 

ⅱ.カペー朝の成立(987~1328年)

・パリ伯のユーグ=カペーが即位して成立

 ※これ以降、フランス王国

 

③イタリア王国

※現在のイタリア

ⅰ.断絶

・875年、カロリング家が断絶

 

ⅱ.分裂・混乱

・神聖ローマ帝国の介入、イスラーム勢力の侵入を受ける

・諸侯・都市の分立・抗争が続く

 


世界史:ゲルマン人の大移動(概略)

1.ゲルマン人の大移動とその影響

①大移動の開始

フン人の移動・圧迫

375年ゲルマン人の大移動開始(約200年間続く)

 

ゲルマン諸国家の建国(5世紀前半~)

※地図で確認しておく

ヴァンダル王国

西ゴート王国

東ゴート王国

・ブルグンド王国

フランク王国

七王国ヘプターキー

・ランゴバルド王国:568年の建国でゲルマン人の大移動が終了

 

③フン人の大帝国

・5世紀前半、アッティラが建国

→その死後、崩壊

 

2.ローマ帝国の変容 

①ローマ帝国の分裂

395年ローマ帝国が東西に分裂

 

②西ローマ帝国の滅亡

476年オドアケルにより滅亡

 


世界史:漢(前漢・新・後漢)(概略)

1.前漢)(前202~後8年)

①建国

滅亡後、劉邦項羽に勝利

劉邦前漢を建国、皇帝になる

 ※劉邦高祖とよばれる

郡国制を実施

 

呉楚七国の乱

・前154年、諸侯が領土削減に反発して乱を起こす

 →鎮圧される

 →中央集権体制の成立

 

武帝の時代

・在位:前141~前87

・前漢の最盛期を築く

 

 

2.(後8~23年)

・外戚の王莽が建国

赤眉の乱(18~27年)により滅亡

 

3.後漢(25~220年)

劉秀

赤眉の乱を平定し、漢を再興

光武帝として即位(在位:25~57年)

 

党錮の禁

・166年、169年

・儒家官僚が宦官に対抗するが、逆に弾圧された事件

→結果、宦官の専横がむしろ強化

 

③後漢の滅亡

・184年、黄巾の乱起こる

 ※太平道の指導者・張角が起こした反乱

→各地に群雄が割拠

・220年、後漢滅亡

 

 


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政治経済:国際社会、国際連合(概略)

1.国際社会

①国際社会の成立

ウェストファリア条約1648年)

 →主権国家国際社会の成立

 

主権…他の国家から干渉を受けない国家の権利・特性

国際社会…独立した主権国家同士の関係

 

 

②国家の領域

主権

領域領土領海領空

国民

 

 

③国民国家

・国民としての一体感によって支えられた、近代国家の特徴の1つ

・18~19世紀の西欧社会で成立

 

ナショナリズム…自国・自民族中心の考え方

 →ファシズムや植民地独立運動などでみられた

 

2.国際法

・17世紀前半、グロチウスグロティウス)が国際法の基礎を築いた

 ※「国際法の父」と呼ばれる

 

国際法の種類

①条約

・国家間の合意。明文化された文書で成立

・協定、宣言、憲章、規約、議定書なども条約に含まれる

 

②慣習法(国際慣習法)

・国家間の暗黙の合意。長年の慣習で成立。

 例)公海自由の原則

 

 

 

3.平和維持のための機構・システム

勢力均衡政策(バランス・オブ・パワー)

・軍事同盟などを通じて、対立する諸国家間の軍事力を均衡させるやり方

・共倒れを恐れて戦争は起こらない、と考えられた

 →第一次世界大戦が発生(1914年)し、失敗

 

集団安全保障

・すべての国が国際平和組織に参加し、「平和の敵」に対し集団で制裁する

 →制裁を恐れて侵略行為はできず、平和が維持される、と考えられた

国際連盟:1920年、初の集団安全保障として実現

国際連合も集団安全保障の一形態

 

③国際連盟の失敗

全会一致の原則:有効な決定ができない

・勧告と経済制裁のみ:強制力がない、軍事制裁ができない

・大国(アメリカの不参加、日独伊の脱退

第二次世界大戦を防げず

 

 

4.国際連合の成立

・1945年10月成立

 

①国連の主要機関

ⅰ.総会

・すべての加盟国が参加

・1国1票の投票権(主権平等の原則)

 

ⅱ.安全保障理事会

・国際平和と安全の維持をおもな任務とする

常任理事国アメリカイギリスフランスロシア中国

 →この5か国は拒否権を有する(大国一致の原則)

非常任理事国:10か国、任期2年

 →日本も多数選出されている

 

ⅲ.経済社会理事会

・経済・社会・文化・教育・福祉などの国際問題について勧告

・専門機関などとも連携

 

ⅳ.信託統治理事会

・現在は活動を停止

 

ⅴ.国際司法裁判所(ICJ)

・本部:オランダのハーグ

・国家間の紛争を国際法に基づいて判断

 

ⅵ.事務局

 

②その他のおもな国連機関、専門機関

国連児童基金UNICEFユニセフ

国連教育科学文化機関UNESCOユネスコ

世界保健機関WHO

 

※UNで始まるものは「国連~~」、Wは「世界~~」、Iは「国際~~」が多い

 (UN:United Nations=国連。W:World、I:International

 

 

③平和維持の取り組み

ⅰ.国連軍

・国連憲章第7章にもとづき、安全保障理事会の決議で組織される

一度も組織されたことはない

 

ⅱ.平和維持活動PKO

・停戦の監視、選挙の監視などを行う

国連平和維持軍PKF)も、PKOに含まれる

※PKOは国連憲章に明確な規定はない

 

 


世界史:春秋・戦国時代、秦の統一(概略)

1.春秋時代

・前770~前403年

(周の東遷~晋の分裂まで)

覇者:各地の有力諸侯

 →周王を一応尊重し「尊王攘夷」を唱えて抗争

 

2.戦国時代

・前403~前221年

(晋の分裂から秦による統一まで)

周王を無視:有力諸侯が王と称して抗争

戦国の七雄など7つの強国

 

①社会の変化

鉄製農具牛耕の普及

青銅貨幣の流通:刀銭布銭など

 

諸子百家

・多くの学派・思想家が登場

ⅰ.儒家

孔子:その言行は『論語』に収録

孟子:性善説

荀子:性悪説

 

ⅱ.道家

老師

荘子

 

ⅲ.法家

商鞅に仕えた

 

3.秦の統一と滅亡

・前8世紀~前206年

商鞅の改革

・前4世紀、富国強兵をめざす

 

②中国の統一

・前221年、中国を統一(中国初の統一国家)

 →秦王政始皇帝と称す

焚書・坑儒:思想統制

長城(万里の長城)を修築:北方の匈奴に対抗

 

③秦の滅亡

・前209年、陳勝・呉広の乱:最初の農民反乱

・前206年、秦の滅亡:統一後15年で滅ぶ

 

 


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世界史:中国文明(概略)

1.黄河文明

仰韶文化

・前5000~前4000年頃

彩文土器彩陶)を使用

 

竜山文化

・前3000~前2000年頃

黒陶を使用

の成立:周囲が防備された城郭都市、都市国家

 

長江文明河姆渡遺跡など

 

2.王朝の成立

①夏

・前2000年頃成立?

・中国最古の伝説上の王朝

 

(商)

・前16~前11世紀

・実在が確認されている最古の王朝

が連合してできた

・遺跡:殷墟

甲骨文字:漢字の原型とされる文字

 

・前11世紀、を滅ぼす

・都:鎬京

 →前770年、洛邑に遷都

 ※周は東周と呼ばれ、春秋時代の始まり

封建制度を実施

 

西周:~前770年。遷都前

 東周:遷都以降。~前256年

 

 


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世界史:古代インド史(概略)

(下の板書の解説)

流れは、大まかに

・A.インダス文明:前2300年頃~前1800年頃

→B.アーリヤ人の侵入:前1500年頃~

→C.古代王朝:前4世紀~後7世紀

 


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世界史:帝政ローマ(概略)

0.帝政ローマの始まり

・前27年開始

オクタウィアヌスアウグストゥス尊厳者)の称号を与えられた

オクタウィアヌス自らはプリンケプス(「第一の市民」)と称した

元首政プリンキパトゥス)を開始

 ※事実上の帝政

 

1.元首政プリンキパトゥス

オクタウィアヌス

・初代皇帝

プリンケプスと自称

・事実上の帝政を開始

・以後、「ローマの平和」が約200年間続く

 

五賢帝の時代:96~180年

・ローマの最盛期を築いた5人の皇帝

・2人目のトラヤヌス帝のとき、ローマの領土が最大

 

 

③3世紀の危機

・2世紀末から3世紀にかけての時代

・ローマ帝国の財政の行き詰まり

・属州の反乱、異民族の侵入

・ローマ帝国の国力が衰退

 

ⅰ.カラカラ帝:3世紀前半

・212年、帝国領内の全自由民にローマ市民権を与えた

 

ⅱ.軍人皇帝時代:235~284年

・各属州の軍団が独自に皇帝を擁立して争った

・短期間に多くの皇帝が即位、殺害された

 

 

2.専制君主政ドミナトゥス

ディオクレティアヌス帝:在位284~305年

・軍人皇帝時代の混乱をおさめる

・284年即位、専制君主政を開始

四分統治テトラルキア)を開始

 …帝国を4分割し、正帝2人副帝2人がそれぞれ統治

キリスト教徒に対する大迫害を行う

 

コンスタンティヌス帝:在位306~337年

・313年、ミラノ勅令キリスト教を公認

・325年、ニケ―ア公会議:キリスト教の教義を統一

・330年、ビザンティウムに首都を移転

 →地名をコンスタンティノープルと改称

 

③ローマ帝国の分裂

ⅰ.ゲルマン人の大移動

・375年から始まる

 →帝国内部の混乱

 

ⅱ.テオドシウス帝:在位379~395年

・392年、キリスト教の国教化 

・395年、ローマ帝国を東西に分割

 

④分裂後の東西ローマ帝国

ⅰ.西ローマ帝国

・首都:ローマ

・476年、滅亡

 

ⅱ.東ローマ帝国(ビザンツ帝国)

・首都:コンスタンティノープル

 

・1453年、滅亡

 


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世界史:内乱の1世紀(概略)

内乱の1世紀

・前133~前27年

※グラックス兄の死からオクタウィアヌスによる帝政の開始まで

 この間、共和政も崩壊

 

1.グラックス兄弟の改革

・前2世紀後半

・改革は失敗

 

2.抗争と反乱

①閥族派と平民派の対立

 

②同盟市戦争(前91~前88年)

・イタリア半島の同盟都市がローマ市民権を求めて反乱

 

スパルタクスの反乱(前73~前71年)

・見世物の剣奴たちが反乱

 

 

3.第1回三頭政治

・前60~前53年

ポンペイウスカエサルクラッスス

→前46年、カエサルが統一、独裁へ

 ※前44年、暗殺される

 

4.第2回三頭政治

・前43年

アントニウスレピドゥスオクタウィアヌス

 

 

5.オクタウィアヌスによる統一

アクティウムの海戦

オクタウィアヌスアントニウスクレオパトラの連合軍に勝利

クレオパトラ:プトレマイオス朝の最後の女王

 

②全地中海域の平定

・前30年、プトレマイオス朝エジプトを滅ぼす

 →エジプトを属州に編入

 

 ※オクタウィアヌスが地中海全域を統一

 

 


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世界史:共和政ローマ(概略)

1.建国

・前8世紀半ば、ラテン人が建国

・その後、エトルリア人の王による支配

 →前6世紀末、追放

 

2.貴族共和政前6世紀末~

貴族パトリキ)が以下の官職を独占

 元老院:貴族の会議。実質的な支配権

 コンスル執政官):最高官職、2名

 ディクタトル独裁官):非常時

 

3.共和政の展開

平民プレブス)の台頭・地位向上

重装歩兵として活躍、政治参加を要求

 

②民主政治の発展

ⅰ.護民官平民会の設置

・前5世紀前半

護民官:平民出身。元老院・コンスルに対する拒否権

平民会:平民だけの民会

 

ⅱ.十二表法:前450年頃

・従来の慣習法を成文化

 

ⅲ.リキニウス・セクスティウス法:前367年

コンスル執政官)の1人は平民から選出

 

4.民主共和政

ホルテンシウス法:前287年

 →平民会の決議は元老院の許可なしで国法に

 ※貴族と平民の法的平等化が達成

 

 

5.地中海世界の征服

①イタリア半島の統一

・前3世紀に半島統一

分割統治による支配

 →征服した諸都市と個別に同盟、異なる権利・義務を付与

 

②地中海世界への進出

ⅰ.ポエニ戦争

・前264~前146年、第1回~第3回まで

ローマカルタゴと行った戦争

 ※カルタゴ:アフリカ北部・地中海沿岸の植民市

シチリアを最初の属州とする

 ※属州:イタリア半島以外のローマの征服地

ハンニバル:カルタゴの将軍

スキピオ:ローマの将軍

・結果:ローマがカルタゴを滅ぼす

 

ⅱ.ヘレニズム諸国の征服

・ローマが東地中海に進出

アンティゴノス朝マケドニア(前168年滅亡)

 セレウコス朝シリア(前63年滅亡)

 プトレマイオス朝エジプト(前30年滅亡)

 

 


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世界史:古代ローマ史概観

(下の板書の解説)

流れは、大まかに

・A:共和政の発展

→B:領域の拡大:半島統一、地中海征服

→C:混乱(内乱の1世紀)

→D:帝政の開始(元首政、専制君主政)

→E:ローマ帝国分裂

 


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世界史:ヘレニズム時代(概略)

1.ヘレニズム時代

マケドニアの台頭

・国王フィリッポス2世

・前338年、アテネ・テーベ連合軍を破る

カイロネイアの戦い

コリントス同盟を結成、配下に置く

 ※スパルタを除く全ポリスの同盟

 

アレクサンドロス大王

フィリッポス2世の子

・前334年、東方遠征を開始(~前324年)

 ※ヘレニズム時代の始まり(~前30年)

・前330年、アケメネス朝ペルシアを征服

 →大帝国を建設:ギリシア・エジプト~インド西部

 

③アレクサンドロス帝国の分裂

・前323年、アレクサンドロス大王の急死

ディアドコイ(後継者)による争い

→帝国が分裂

(以下ⅰ~ⅲ。いずれもローマに滅ぼされる)

 

ⅰ.アンティゴノス朝マケドニア

 

ⅱ.セレウコス朝シリア

・前3世紀、バクトリアパルティアが自立

・前1世紀、セレウコス朝滅亡

 

ササン朝(後224~651年):パルティアを倒して建国

 

ⅲ.プトレマイオス朝エジプト

・前30年滅亡:ヘレニズム時代の終わり

 


世界史:ペルシア戦争とポリス間の覇権争い(概略)

1.ペルシア戦争

①戦争の概要

・前500~前449年、3度にわたる戦い

アケメネス朝ペルシアギリシア諸ポリスの戦い

・ペルシアの侵攻をギリシアが撃退

 

②戦争のきっかけ

イオニア植民市の反乱アケメネス朝ダレイオス1世に対して

 →アテネが反乱を支援

 →アケメネス朝アテネに遠征

 

③おもな戦い

マラトンの戦い

サラミスの海戦テミストクレスが活躍

※いずれもペルシアの敗北

 

④戦争後の動き

デロス同盟:ギリシア諸ポリスが結成

 →アテネが盟主となる

アテネ民主政の完成:ペリクレスによる

 →民会を中心とする直接民主政

 

2.ポリス間の覇権争い

ペロポネソス戦争

・前431~前404年

ペロポネソス同盟VSデロス同盟

※ペロポネソス同盟:スパルタが中心

 デロス同盟:アテネが中心

スパルタの勝利

 

テーベの台頭

・前371年、スパルタを破り、覇権を確立

※その後はアテネが勢力を回復

 

③アテネの民主政治の腐敗

衆愚政治に陥る

デマゴーゴス(扇動政治家)の登場

 


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世界史:ポリスの成立~アテネ民主政への歩み(概略)

0.ギリシア文明概観

①年代

・前8世紀から前30年まで

 

②大まかな流れ

・ポリスの成立

→アテネ民主政(発展→ペルシア戦争→完成→崩壊)

→ヘレニズム時代

 

 

1.ポリスの成立

ポリス

・古代ギリシアの都市国家のこと

 ※前8世紀頃から、人々が集住して形成

・ギリシア各地に多数成立した

 ※そのうち、アテネスパルタが特に有名

 

②その他の用語

シノイキスモス集住のこと

アクロポリス城山。ポリスの中心にある丘

 ※神殿が建てられた

アゴラ…アクロポリスのふもとの広場

 

ヘレネス:自分たちギリシア人を指す言葉

 ※各ポリスは独立していたが、同じ民族としての意識を共有

バルバロイ:異民族のこと

植民市:黒海や地中海沿岸に移住して建設

 →独立したポリスとなる

 例)ネアポリス(現在のナポリ)など

 ※異民族を征服・支配する「植民地」とは異なる

 

 

2.アテネの民主化

①貴族政治

・原則:軍事を担う者が政治も担う

 →武器を購入できる豊かな貴族が政治を独占

 

②平民の台頭

・植民市との地中海貿易と貨幣の普及

 →平民も豊かになり、武器を購入

重装歩兵して平民が戦いに参加

 →平民も政治参加を要求

 

③ドラコンの成文法

・前7世紀、従来の慣習法を成文化

 ※ドラコンという人物

 

ソロンの改革

・前6世紀初め(前594年)に実施

 →失敗

 

⑤僭主政治

僭主…非合法に政権をうばった独裁者

 →貴族を追放し平民を保護。支持を集めた

 例)ペイシストラトス:前6世紀半ばのアテネの僭主

 

クレイステネスの改革

・前6世紀末の政治家

陶片追放オストラシズム)の実施

 →僭主の出現を防止するため。市民が投票 

 


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世界史:エーゲ文明(概略)

0.年代と要点

①年代と特徴

・前3000~前1200年頃に栄えた青銅器文明の総称

クレタ文明ミケーネ文明などがある

 

②大まかな流れ

エーゲ文明が栄える

 →暗黒時代が約400年続く

(→ポリスの成立へ)

 

 

1.エーゲ文明

クレタ文明

エヴァンズが発見

・前2000年頃~前1400年頃

クレタ島クノッソスを中心に栄えた

 

ミケーネ文明

シュリーマンが発見

・前1600年頃~前1200年頃

ギリシア本土で繁栄

 →クレタ島にも侵入、支配

・中心地:ミケーネティリンスなど

 

 

2.暗黒時代

・前12世紀~前8世紀

・史料に乏しく、詳細が不明  


世界史:古代ギリシア世界概観

(下の板書の解説)

流れは、大まかに

・A:エーゲ文明

→B:暗黒時代

→C:ギリシア文明(ポリスの成立~ヘレニズム時代)

 


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世界史:古代オリエントの統一(概略)

0.年代と要点(大まかな流れ)

①年代

・前670~前330年

 

②大まかな流れ

アッシリアがオリエントを統一

→数十年で崩壊し、4王国分立

アケメネス朝が再統一

 

 

1.アッシリア(王国)による統一

・前670年に統一を達成

 ※イスラエル王国アッシリアに滅ぼされた

 

・過酷な支配に反乱がおこる

 →前612年に滅亡

 

2.4王国分立の時代

メディア

 

リディア

世界最古の鋳造貨幣を使用

 

新バビロニア(カルデア)

ユダ王国を滅ぼし、バビロン捕囚を行った

 

④エジプト

 

 

3.アケメネス朝による再統一

・前525年、再統一を達成

 ※その過程で新バビロニアを滅ぼし、バビロン捕囚を解放

 

ダレイオス1世の時代

・第3代の王。最盛期を築く

・各州にサトラップ知事)を置いた

王の目」「王の耳:監察官。各地を巡回

 

②衰退と滅亡

・前5世紀前半、ペルシア戦争:ギリシアに敗れる

・前330年、アレクサンドロス大王に征服され滅亡

 

 


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世界史:東地中海世界(概略)

地中海東岸

※現在のシリア・レバノン・イスラエルなどの地域

 

1.「海の民」の侵入と混乱(前13世紀末)

ヒッタイトが滅亡する

エジプト新王国が弱体化し、地中海東岸から撤退

 

2.セム系三民族の活躍(前1200年頃~)

アラム人

内陸中継貿易で活躍

 

フェニキア人

地中海貿易を独占

フェニキア文字アルファベットの起源

 

ヘブライ人

ⅰ.パレスチナに定着(前1500年頃)

・その後、一部はエジプトへ移住

 →エジプト新王国の圧政を受ける

 →出エジプトモーセに率いられて脱出

 

ⅱ.ヘブライ王国の建国(前1000年頃)

ダヴィデ王ソロモン王のもと繁栄

 →前922年頃、南北に分裂

 

ⅲ.分裂後の王国

・北:イスラエル王国(前922年頃~前722年)

 →アッシリアにより滅亡

 

・南:ユダ王国(前922頃~前586年)

 →新バビロニアに征服される

 →バビロン捕囚バビロンに強制移住(前586~前538年)

 ※前538年、新バビロニアアケメネス朝に滅ぼされたことで解放

 

※苦難の歴史を通して、ユダヤ教が形成

 

 


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世界史:エジプト(概略)

1.エジプト文明のおこりと特徴

①概要

・前4000年頃~、ノモス(村落)の成立

・前3000年頃、ファラオ(王)による統一国家ができる

 →以後、約30の王朝が交替

 

②文化

太陽暦の使用

ミイラ:霊魂の不滅を信じ、遺体を加工保存

死者の書」ミイラとともに埋葬した絵文書

神聖文字ヒエログリフ)の使用:象形文字

パピルス…一種の紙として使用

ロゼッタ=ストーンシャンポリオンが解読

 

 

2.エジプトの統一国家

古王国時代

・前27~前22世紀

・都:メンフィス

ピラミッドの建造

 

中王国時代

・前21~前18世紀

・都:テーベ

ヒクソスの侵入により滅亡

 

新王国時代

・前16~前11世紀

・都:テーベ

ヒクソスを追放

 

・前14世紀、アメンホテプ4世の改革

イクナートンに改名

 テル=エル=アマルナに遷都

 

・前13世紀、ヒッタイトと抗争

 →現存最古の国際条約を締結 

 


世界史:メソポタミア(概略)

1.メソポタミア文明のおこりと特徴

・年代:前3000年頃~

ティグリス川ユーフラテス川の地域に栄える

シュメール人都市国家ウルウルクなど)を建設

ジッグラト聖塔)を建設

太陰暦六十進法楔形文字の使用

 

 

2.メソポタミアの統一と興亡

アッカド王国

・前2400年頃に成立

アッカド人がメソポタミア最初の統一国家を建設

 

バビロン第1王朝(古バビロニア王国)

・前1900頃成立、前1600頃滅亡

アムル人による

ハンムラビ王ハンムラビ法典を発布(前18世紀)

ヒッタイトにより滅亡

 

③インド=ヨーロッパ語系民族(印欧系民族)の侵入と並立

(前17世紀頃~)

ⅰ.ヒッタイト(王国)

バビロン第1王朝を滅ぼす

 →メソポタミアは分裂状態に

・前1200年頃、海の民の侵入により滅亡

 

ⅱ.ミタンニ(王国)

・前14世紀、ヒッタイトに敗れて衰退

アッシリアに併合される

 

ⅲ.カッシート(王国)

・前1150年頃、滅亡

 


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世界史:古代オリエント世界概観

(下の板書の解説)

流れは、大まかに

A(A1・A2)→B →C

 

※A:メソポタミア・エジプトが同時期に並立

→B:東地中海世界で3民族が活動

→C:これらの地域が統一される 


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日本史:昭和時代・戦後(概略)

Ⅰ.昭和時代(戦後)の年代

戦後は1945~1989年(昭和20~64年)

 

Ⅱ.昭和時代・戦後の概略(年表)

1)戦後復興、民主化

・1945年、終戦

 →GHQの占領、民主化

・1946年、日本国憲法公布(翌年施行)

 

1950年朝鮮戦争起こる

 ※日本で警察予備隊の発足

・1951年、ンフランシスコ平和条約:独立を回復

 ※同時に日米安全保障条約に調印

 

・1954年、自衛隊の発足

 

2)高度経済成長、55年体制 

・1955年:自由民主党の結党

 →55年体制の成立

 ※同年、高度経済成長が始まる(~1973年)

 

・1956年

 日ソ共同宣言ソ連と国交回復

 日本の国際連合加盟が実現

 

・1960年、新安保条約に調印(日米安保条約の改定)

 ※安保闘争おこる

・1964年、東海道新幹線の開通、東京オリンピック開催

 

・1965年、日韓基本条約:韓国と国交正常化

・1968年、GNPが資本主義国で2位に

 

・1972年

 沖縄の日本復帰が実現

 日中共同声明:中国と国交正常化

 

・1973年、第一次石油危機

 →高度経済成長の終焉

 

3)安定成長、昭和の終わり

・1975年、第1回先進国首脳会議サミット)の開催

・1978年、日中平和友好条約に調印

 

・1985年、プラザ合意

 円高不況になる

 →バブル経済

 

・1989年、昭和天皇崩御、平成に改元

 


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日本史:昭和時代(戦前)-4(概略)

開戦~終戦

1)東条英機内閣(1941.10~1944.7)

①1941年の動き

・11月、ハル・ノート:アメリカからの事実上の最後通告

・12月8日、ハワイ真珠湾を奇襲攻撃

 →太平洋戦争の開戦

 

・日本は大東亜共栄圏の建設を主張

 …欧米帝国主義からの解放、アジアの民族で共存共栄を主張

 

②1942年の動き

・4月、翼賛選挙の実施

 →推薦候補が多数当選

・6月、ミッドウェー海戦:日本が大敗北。戦局の転換へ(悪化)

 

③1943年の動き

・9月、学徒出陣:文科系学生の徴兵猶予を停止

・11月、大東亜会議:東京で開催。大東亜共栄圏の結束を誇示

・11月、カイロ会談

 …米英中フランクリン・ローズヴェルトチャーチル蔣介石)が参加

 →カイロ宣言:日本との徹底抗戦、日本の領土の画定

 

④1944年の動き

・7月、サイパン島陥落:絶対国防圏の崩壊

 →責任を取り東条英機内閣総辞職

 →本土空襲の本格化

・7月頃~、学童疎開の開始:本土空襲の激化による

 ※学生・生徒・女性は勤労動員として徴用され、軍需産業に動員

 

2)小磯国昭内閣(1944.7~1945.4)

※いずれも1945年のできごと

①2月、ヤルタ会談

・参加国:米英ソフランクリン・ローズヴェルトチャーチルスターリン

ヤルタ秘密協定:独降伏後のソ連の対日参戦、千島列島・南樺太をソ連領とする

 

②4月

・ソ連が日ソ中立条約の非延長を日本に通告

・アメリカ軍が沖縄本島に上陸

 →直後に小磯国昭内閣退陣

 

3)鈴木貫太郎内閣(1945.4~1945.8)

※いずれも1945年のできごと

①ヨーロッパの終戦

・5月、ドイツの降伏

 

②日本の敗戦

・6月、沖縄戦の終結:組織的な戦いが終了

 

・7月、ポツダム会談

 …参加国:米英ソトルーマンチャーチルアトリーターリン

 →ポツダム宣言:日本に対する米英中の共同宣言

  ※日本は当初、ポツダム宣言を無視

 

・8月6日、アメリカ広島原子爆弾を投下

・8月8日、ソ連の対日参戦ヤルタ秘密協定にもとづく

  ※日ソ中立条約を破棄。朝鮮・満州に侵攻

・8月9日、アメリカ長崎原子爆弾を投下

 

・8月9日、御前会議:10日未明、昭和天皇の聖断によりポツダム宣言の受諾を決定

・8月14日、御前会議:無条件降伏を最終決定

 

・8月15日、終戦の詔勅:昭和天皇玉音放送により国民に終戦を知らせる

 

・9月2日、降伏文書に署名 

 


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日本史:昭和時代(戦前)-3(概略)

戦時体制の強化、開戦前夜

1)第1次近衛文麿内閣(1937.6~1939.1)

①統制の強化

・1937年、企画院の設置

矢内原事件:東京帝国大学教授矢内原忠雄が批判を受け辞職

・1938年、国家総動員法

 …政府は議会の承認なしに、勅令で物資や労働力を動員できる

 →この法律に基づき、1939年に国民徴用令価格等統制令などを発令

 

・1940年、切符制:砂糖、マッチなど

・1940年、大日本産業報国会:全ての労働組合が解散して結成

・1941年、米の配給制が開始

  

②日中戦争終結の失敗と長期化

・日本寄りの汪兆銘汪精衛)が重慶を脱出

 →南京に新国民政府を樹立

・日本は新国民政府を正式に承認するが、日本の傀儡で弱体

 

補足)国民政府は日本と徹底抗戦の構えを見せているので、日中戦争を終わらせたい日本は、国民政府にかわる新たな中国政府(新国民政府)を承認して講和しようとしたが、結局失敗。

 

2)平沼騏一郎内閣(1939.1~8)

・1939年7月、アメリカが日米通商航海条約破棄を通告

 →翌年失効

・1939年8月、独ソ不可侵条約が結ばれる

 →平沼内閣総辞職:「欧州情勢は複雑怪奇」

 

3)阿部信行内閣(1939.8~1940.1)

・1939年9月、ドイツポーランドに侵攻

 →イギリスフランスドイツに宣戦、第二次世界大戦が勃発

 

4)米内光政内閣(1940.1~7)

・1940年、フランスがドイツに降伏

 →日本では、ドイツへの接近、南方進出論が強まる

 

新体制運動近衛文麿が中心となって進められた

 →米内内閣退陣

 

5)第2次近衛文麿内閣(1940.7~1941.7)

・外相:松岡洋右 →積極政策への転換

 

①1940年のうごき

・9月、北部仏印に進駐

 →目的:援蔣ルートの遮断、南進

・9月、日独伊三国同盟

 →アメリカの経済制裁:航空機用ガソリン、屑鉄鉄鋼の対日輸出禁止

・10月、大政翼賛会の成立

 

②1941年の動き

・4月、国民学校:小学校を改称。「小国民」の育成をめざす

・4月、日ソ中立条約:北方の安全を確保し、南進政策を進めるため

 ※有効期間5年

・6月、独ソ開戦:ドイツが不可侵条約を破ってソ連に侵攻

 →米英はソ連を支援

・7月、関東軍特種演習関特演):70万人を満州に動員

 

6)第3次近衛文麿内閣(1941.7~10)

※対米強硬派の外相松岡洋右を除外して再組閣

・1941年7月、南部仏印進駐

 →アメリカは対日石油輸出を禁止

 →軍部はABCD包囲陣(米英中蘭)の打破を訴える

 

 


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日本史:昭和時代(戦前)-2(概略)

Ⅰ.軍部の台頭

1)斎藤実内閣(1932.5~1934.7)

・特徴:挙国一致内閣。満州事変の処理、国際的孤立へ

日満議定書:満州国を承認

・国際連盟臨時総会:1933年2月、松岡洋右ら日本全権団退場

  →3月に国際連盟の脱退を通告(1935年発効)

塘沽停戦協定日中軍事停戦協定):1933年5月。満州事変の終息

 

2)岡田啓介内閣(1934.7~1936.2)

天皇機関説問題

・1935年、国体明徴声明:岡田内閣は天皇機関説を否認

 

二・二六事件

・1936年、陸軍皇道派の青年将校らによるクーデター。首相官邸・警視庁を襲撃

 →斎藤実内大臣、高橋是清蔵相らを殺害

・結果:統制派が陸軍内の主導権を確立、皇道派を排除

・岡田内閣総辞職

 

3)広田弘毅内閣(1936.3~1937.2)

・1936年、軍部大臣現役武官制復活

帝国国防方針の改定 ※1907年、西園寺①内閣で策定していたもの

 →「国策の基準」を策定。北進論・南進論を併記

・1936年、日独防共協定締結:コミンテルンの活動防止、ソ連を仮想敵国

 ※防共:産主義をぐ、ということ

 

4)林銑十郎内閣(1937.2~1937.6)

・「軍財抱合」を掲げる

 

 

Ⅱ.日中の対立

1)華北分離工作

・関東軍は中国華北の5省を国民政府の支配から切り離して支配を目論む(準満州化)

 →冀東防共自治委員会の樹立:1935年、関東軍が樹立した傀儡政権

・1936年、広田弘毅内閣も華北分離を国策と決定

 

2)西安事件

・1936年、張学良蔣介石を監禁し、共産党との内戦停止と抗日を要求

 →国民政府は共産党討伐(内戦)を中止し、日本に対抗

 

3)日中全面戦争

①発端:盧溝橋事件

・1937年7月7日、北京郊外の盧溝橋で武力衝突

 →日中戦争へ発展:正式な宣戦布告のないまま全面戦争に

 

②推移

第2次国共合作…1937年9月、国民党と共産党が再び提携

 →抗日民族統一戦線を形成

・1937年12月、日本軍は国民政府の首都南京を占領

・国民政府は南京から漢口、さらに重慶に退いて抗戦

 ※国民政府(蔣介石政権)は米英から援蔣ルートを通じて支援を受けて抗戦

 


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日本史:昭和時代(戦前)-1(概略)

Ⅰ.政党内閣(大正末~昭和初期)

1.加藤高明内閣(1924.6~1926.1) ※大正時代

・護憲三派内閣:憲政会立憲政友会革新俱楽部の連立内閣

→のち憲政会の単独内閣 

・外相幣原喜重郎による協調外交の展開

・1925年、日ソ基本条約普通選挙法治安維持法

 

2.第1次若槻礼次郎内閣(1926.1~1927.4) ※憲政会

※1926年12月から昭和時代

・協調外交:外相幣原喜重郎

・1927年、金融恐慌の発生:片岡直治蔵相の失言による

 →緊急勅令を求めるが、枢密院が拒否。内閣総辞職

 

3.田中義一内閣(1927.4~1929.7) ※立憲政友会

①金融恐慌の処理 ※蔵相高橋是清

・緊急勅令による3週間のモラトリアム支払猶予令)の発令

 

②第1回普通選挙の実施(1928年)

・無産政党員8名が当選 

 

③弾圧の強化

・1928年、治安維持法の改正:最高刑を死刑とし、無期刑も追加

・共産党員の検挙:三・一五事件(1928年)、四・一六事件(1929年)

 

外交・国際関係

ⅰ.対英米外交:協調外交の継続

・1927年、ジュネーヴ(軍縮)会議:参加国は米英日。会議は決裂

・1928年、(パリ)不戦条約に調印

 

ⅱ.中国国内の動向

第1次国共合作:1924年、中国国民党中国共産党と提携

 ※孫文の死後は蔣介石が国民党を引き継ぎ、北伐を継続

 →1927年、国民党が南京国民政府を樹立すると国共は分裂へ

 

補)当時の中国は、日本でいう戦国時代のように、独自の勢力を築いていた「軍閥」(戦国大名のような存在)がいて、完全な統一が果たされていなかった。そこで中国国民党と中国共産党がいったん対立をやめて、協力して軍閥を打倒していったのが北伐

 

ⅲ.日本の対中国外交:積極外交(強硬外交)

山東出兵:1927~1928年、1次~3次まで実施

張作霖爆殺事件:1928年、満州軍閥の張作霖を列車ごと爆殺

※張作霖の子張学良は国民政府への帰属を表明

 →北伐の完了

 

4)浜口雄幸内閣(1929.7~1931.4) ※立憲民政党

・1930年、金輸出解禁(金解禁)の断行:蔵相井上準之助の政策

・アメリカ発の世界恐慌の影響により、国内経済は昭和恐慌に陥る

 

5)第2次若槻礼次郎内閣(1931.4~1931.12) ※立憲民政党

満州事変

柳条湖事件関東軍が満鉄の線路を爆破し、軍事行動を開始

 →閣内不一致により若槻内閣総辞職

 

6)犬養毅内閣(1931.12~1932.5) ※立憲政友会

満州国の建国:1932年3月、清朝最後の皇帝であった溥儀を執政として建国を宣言

 ※関東軍の傀儡。内閣は満州国の承認に消極的

・1932年、五・一五事件…海軍青年将校らが犬養毅首相を射殺

 

 →政党政治の終焉

 


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中学歴史:超速ダイジェスト

1.飛鳥時代

聖徳太子の政治

・645年、大化の改新

・672年、壬申の乱

・701年、大宝律令

 

2.奈良時代

・710年、平城京に都を移す

・天平文化

 

3.平安時代

・794年、平安京に都を移す

藤原氏の台頭、摂関政治

 →藤原道長藤原頼通のとき全盛

・1086年、院政の開始:白河上皇

・平氏政権:1167年、平清盛太政大臣になる

 

4.鎌倉時代

源頼朝が鎌倉幕府を開く

・1221年、承久の乱後鳥羽上皇

・1232年、御成敗式目:執権北条泰時

・1274・1281年、元寇:執権北条時宗のとき

・1333年、鎌倉幕府がほろぶ

 

5.建武の新政

後醍醐天皇による政治

 

6.室町時代

足利尊氏が幕府を開く

・3代将軍足利義満のとき全盛期:日明貿易など

・1467年、応仁の乱:戦国時代へ

 ※8代将軍足利義政のとき

 

7.安土桃山時代

織田信長

豊臣秀吉:天下統一

関ヶ原の戦い:東軍の徳川家康が勝利

 

8.江戸時代

・1603年、徳川家康が江戸幕府を開く

・3代将軍徳川家光参勤交代鎖国の完成

・5代将軍徳川綱吉生類憐みの令

・8代将軍徳川吉宗享保の改革

田沼意次の政治

・老中松平定信寛政の改革

・老中水野忠邦天保の改革

・1853年、ペリー来航

 →1854年、日米和親条約:開国

 →1858年、日米修好通商条約

・1867年、大政奉還:15代将軍徳川慶喜

 

9.明治時代

五箇条の御誓文

学制地租改正、徴兵令

自由民権運動

・1889年、大日本帝国憲法

日清戦争日露戦争

条約改正

 

10.大正時代

・1914~1918年、第一次世界大戦

 ※米騒動

国際連盟の成立

大正デモクラシー

 

11.昭和時代(戦前)

世界恐慌

・軍部の台頭:五・一五事件二・二六事件

満州事変日中戦争第二次世界大戦太平洋戦争

・1945年、終戦ポツダム宣言を受諾

 

12.昭和時代(戦後)

日本国憲法

・1951年、サンフランシスコ平和条約日米安全保障条約

国際連合に加盟

高度経済成長石油危機で終了

 


政治経済:中小企業と農業(概略)

Ⅰ.中小企業について

1.中小企業とは

①中小企業の定義

中小企業基本法で規定

・製造業では、従業員300人以下または資本金3億円以下の企業が中小企業

・日本の企業数の約99%が中小企業

 

②中小企業の特徴

・大企業に比べて生産性・賃金が低い

・大企業の下請けの仕事が多く、不況に弱い

 

2.大企業と中小企業

・(日本経済の二重構造:日本の大企業と中小企業の大きな格差のこと

 

3.ベンチャー企業ベンチャー・ビジネス

・高度な技術や知識を武器に、新しい分野の開拓に挑戦する中小企業

 


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政治経済:政党政治(概略)

1.政党

・同じ政治理念を持つ人々が集まり、選挙を通して政権の獲得をめざす団体

マニフェスト政権公約):政党が選挙の際に掲げる。具体的な達成期限や財源を示す

 

2.政党政治

①与党と野党

与党…政権を担当する政党

野党…政権を担当せず、与党(政府・行政)を監視・批判する政党

 

②国によって異なる政党政治

二党制二大政党制)…2つの有力な政党が対抗する政党政治。政権交代も多い

 例)アメリカイギリスなど

多党制小党分立制)…3つ以上の有力な政党が競合する政党政治

 例)日本ドイツイタリアフランスなど

 

圧力団体

・自分たちの利益のために、政治(政府・政党・官庁)に働きかける団体

 例)労働組合、農業団体など

 

④日本の政党政治の問題と改革

・政治腐敗の問題:圧力団体の影響、政治献金への依存

政治資金規正法の改正:政治献金の制限を強化

 政党助成法の制定:政党交付金政党助成金)として国庫から政党へ支給

 

3.戦後日本の政党政治

55年体制とは

・1955年から1993年まで続いた、自由民主党日本社会党の二大政党制

・政権交代はなく、自民党政権が38年間続く

 

②55年体制の成立

・1955年、分裂していた日本社会党社会党)が統一

 →保守勢力が対抗し、自由民主党自民党)が成立

 

 

③多党化の動き

・特に1960年代以降、多くの政党が結成

 →離合集散を繰り返した

 

③55年体制の崩壊

・1993年8月の総選挙で自民党が過半数割れ(第一党は維持)

 →細川内閣の成立:非自民8党派の連立政権(1993.8~1994.4)

・自民党は結党以来初の野党に

 ※その後、与党に復帰

 

④政権交代

ⅰ.民主党政権の誕生

・2009年8月、衆議院議員総選挙で民主党が圧勝

 →自民党に代わり、民主党を中心とする連立内閣の成立

 

ⅱ.自民党政権の復活

・2012年12月、衆議院議員総選挙で自民党が圧勝

 ※再び政権交代

 →自民党・公明党の連立内閣の成立(第2次安倍晋三内閣)

 


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政治経済:選挙制度(概略)

選挙のしくみ

 

1.選挙の原則

普通選挙18歳以上のすべての国民に選挙権

平等選挙:1人1票

秘密選挙:無記名で投票

直接選挙:代表者を直接選出

 

2.選挙制度

小選挙区制:1つの選挙区から1人を選ぶ

大選挙区制:1つの選挙区から2人以上を選ぶ

比例代表制:政党の名前を書いて投票

 

公職選挙法:1950年制定。選挙に関する諸事項を規定した法律

 

3.現在の日本の選挙制度

①衆議院

定数465

・任期4年解散あり

 

小選挙区比例代表並立制

小選挙区制で289議席

 比例代表制で176議席

 

②参議院

定数242

・任期6年解散なし

3年ごとに半数を改選(121議席)

 

・選挙区選挙:都道府県を単位とし、定数1~6

 ※2県で1選挙区とする合区もある

・比例代表制:非拘束名簿式比例代表制

 

 

+α

中選挙区制:1選挙区から3~5名を選出

衆議院で小選挙区比例代表並立制が導入される前まで採用

※2名以上を選出するので「大選挙区制」に分類されるが、日本では独自の表現として「中選挙区制」と呼んだ

 


政治経済:戦後日本の政治(概略)

戦後日本の政治

 

Ⅰ.大まかな流れ

・1945年、終戦

 

・1955年、55年体制の始まり

・1993年、55年体制の崩壊

 

・2009年、政権交代

・2012年、再び政権交代

 

 

Ⅱ.概略:戦後日本の政治

1.1945年、終戦

・政党政治の復活

 

2.1951年、サンフランシスコ平和条約

・独立を回復

 

3.1955年、保守合同55年体制

・以降、1993年まで自由民主党(自民党)の単独政権(一党優位体制

自由民主党が与党、日本社会党が野党第一党 

 

4.1993年、55年体制の崩壊

・総選挙で自民党が過半数割れ、野党に

 →細川政権が発足:連立政権

 

・1994年、政治改革

→衆議院議員選挙に小選挙区比例代表並立制を導入

 政治資金規正法の改正、政党助成法の制定

 

5.政権交代

・2009年:総選挙で民主党が第一党。与党に

・2012年:総選挙で自民党が第伊東。自民党・公明党が与党に復帰

 


政治経済:地方自治②(概略)

 

1.直接請求権

・有権者の一定数以上の署名により、地方公共団体に請求が可能

・住民の権利の1つ

 

条例の制定・改廃の請求(イニシアティブ

・署名:有権者の50分の1以上

・請求先:首長

 →首長は議会にかけ、結果を公表

 

監査請求

・署名:有権者の50分の1以上

・請求先:監査委員

 →監査を実施し、結果を公表

 

③議会の解散請求

・署名:有権者の3分の1以上

・請求先:選挙管理委員会

 →住民投票を行い、過半数の同意により解散

 

④首長・議員の解職請求(リコール

・署名:有権者の3分の1以上

・請求先:選挙管理委員会

 →住民投票を行い、過半数の同意により解散

 

⑤主要公務員の解職請求(リコール)

※副知事・副市町村長・選挙管理委員・公安委員など

・署名:有権者の3分の1以上

・請求先:首長

 →議会にかけ、3分の2以上の議員が出席し、その4分の3以上の同意で解職

 

2.地方分権の推進

①地方自治の課題

ⅰ.「3割自治」

・地方公共団体独自の財源や仕事が全体の3割程度しかないことを示した言葉

 

ⅱ.機関委任事務

・本来は国の事務だが、首長などに委任されたもの

 ※事務=仕事と考えてOK

・地方独自の自治が阻害された一面もあった

 

②地方分権改革

・1999年、地方分権一括法の制定

機関委任事務を廃止

・国と地方は「上下・主従」関係から「対等・協力」関係へ

 

③現在の事務

ⅰ.自治事務

・地方公共団体が独自に行う事務

 例))小中学校の建設、飲食店の営業許可など

 

ⅱ.法定受託事務

・本来は国や都道府県の事務だが、法令に基づいて委任を受けた地方公共団体が行う事務

 

 例)国政選挙、パスポートの交付など

 

市町村合併の促進

平成の大合併とよばれた

地方分権の推進と地方行財政の効率化を目的

 

 

3.地方財政の歳入

①自主財源

※地方公共団体自らの権限にもとづく徴収・収入の財源

地方税住民税、事業税、固定資産税など

・使用料・手数料・雑収入

 

②依存財源

※国からの補助金や、債券発行(借金)による収入

地方交付税交付金…地方の税収格差是正のために、国から配分

 ※使途は自由

国庫支出金…地方が行う特定の事業・事務のために国から配分

 ※使途は国が指定

地方債…特定事業の経費にあてるための借入金

 


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政治経済:地方自治①(概略)

1.地方自治について

地方公共団体(地方自治体)

各都道府県市町村のこと

・地方自治を担う主体

・「地方自治は民主主義の学校である

 →イギリスのブライスの言葉

 

②日本国憲法の規定(第8章:92~95条)

地方自治の本旨に基づく地方自治の原則(第92条)

 →地方自治法で具体的に規定

大日本帝国憲法には地方自治の規定なし

 

③地方自治の本旨

ⅰ.団体自治

・中央政府(国)から独立した団体が自治を行う

※団体=地方公共団体

 

ⅱ.住民自治

・その地方公共団体の住民の意思に基づいて自治を行う

 

2.地方自治の組織と運営

①地方公共団体の組織と権限

ⅰ.議決機関

・各地方公共団体の議会のこと

 例)〇〇県議会、△△市議会

条例の制定・改廃予算の議決など

 

ⅱ.執行機関

首長:地方公共団体の長

 →都道府県知事市町村長のこと

 

補助機関が設置されている

・都道府県:副知事

・市町村:副市町村長

 

②議会と首長の関係

ⅰ.議会の権限

・首長に対する不信任決議(権)

 ※可決した場合、首長は10日以内に議会を解散しなければ失職

 

ⅱ.首長の権限

・議会の解散権:不信任決議が可決された場合

・議会の決定に対する拒否権再議請求権

 ※条例や予算などの議会の議決について

 

③議員と首長の任期・被選挙権

ⅰ.任期

・首長、議員とも4年

 ※議会は解散あり

 

ⅱ.被選挙権

・都道府県知事:30歳以上

・市町村長:25歳以上

・議員:25歳以上(都道府県・市町村とも)

 

※首長・議員とも、住民の直接選挙で選ばれる

 


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政治経済:裁判所(概略)

1.司法権の独立

・司法権が内閣や国会から干渉を受けず、独立していること

 

①裁判所の独立

・他の国家機関からの独立(憲76・77条)

・すべて司法権は、最高裁判所及び下級裁判所に属する。(憲76条①)

・大日本帝国憲法下で設置されていた特別裁判所を禁止(憲76条②)

 

②裁判官の独立

・「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」(憲76条③)と規定

・個々の裁判官が干渉を受けず、独立して職権を行使することを保障

・他の権力だけでなく他の裁判官からの干渉も排除

 

※裁判官が罷免される場合

心身の故障(憲78条)

・公の弾劾(憲78条)

 ※国会設置の弾劾裁判所で罷免される場合

国民審査で罷免が決定された場合(憲79条②③)

 ※対象は最高裁判所裁判官のみ

 

2.裁判所の構成

最高裁判所下級裁判所で構成(憲76条①)

最高裁判所

15人の裁判官で構成:長官1人とその他の裁判官14人

・最高裁判所の長官は、内閣が指名天皇が任命する

・最高裁判所の裁判官は、内閣が任命天皇が認証する

 

②下級裁判所

ⅰ.高等裁判所

・全国8か所

・最上位の下級裁判所

・おもに第2審を扱う

 

ⅱ.地方裁判所

・全国50か所。各都府県に1か所、北海道に4か所

おもに第1審を扱う

 

ⅲ.家庭裁判所

全国50か所(地方裁判所と同じ)

・少年事件、家庭内事件などを扱う

 

ⅳ.簡易裁判所

・全国438か所。比較的軽い事件を扱う

 

③その他

知的財産高等裁判所:2005年設置

・東京高等裁判所の特別支部として設置

 →知的財産権に関する訴訟を専門的に扱う

 

3.裁判の種類

民事裁判

・私人間の争いを解決するための裁判

 →お金の貸し借り、交通事故など

原告被告の主張を聞き、裁判官が法に基づいて判決を下す

和解すれば、裁判の途中で終了する

 

②行政裁判

・国や地方公共団体を相手に起こす裁判

 ※国や地方公共団体が被告となる

・民事裁判の1つ。手続きは民事裁判と同じ

 

刑事裁判

・法律で犯罪とされる事件を審理する裁判

検察官被疑者起訴して行われる

被疑者:犯罪をした疑いのある者

被告人:被疑者は起訴されると被告人とよばれる

・裁判官が法に基づいて判決を下す

 →有罪の場合は刑罰も決める

・裁判は罪刑法定主義に基づいて行われる

被害者参加制度:2008年から導入

 

4.三審制

・1つの事件(裁判)について3回まで裁判を受けられる制度

 ※民事裁判刑事裁判のどちらも

控訴:第一審の判決に不服の場合に上訴すること

上告:第二審の判決に不服の場合に上訴すること

 

 

5.再審制度

・判決の確定した裁判をやり直す制度

再審請求を受理して行われる

 ※合理的な疑いがもたれる新たな証拠が出てきたとき

冤罪発生時の救済のためにも必要

 ※冤罪:無実であるのに有罪とされること

 

6.違憲法令審査権違憲審査権

・法律・命令などが憲法に違反しないかを審査する権限

最高裁判所だけでなく、すべての裁判所が有している

 

・最高裁判所は憲法の番人とよばれる

 →違憲審査に関して最終的な判断を下すから

 

7.裁判員制度

司法制度改革の1つとして開始

・2004年、裁判員法の制定

 →2009年から実施

・事件ごとに、20歳以上の有権者からくじ(抽選)で裁判員が選ばれる

重大な刑事事件が対象

 ※法定刑に死刑・無期刑が含まれる罪の事件

 

事実審理を行う:有罪・無罪の判断

法律判断も行う:有罪な場合、具体的な量刑を決める

 

・原則として、裁判員6名裁判官3名で審理

・裁判員裁判が行われるのは第一審のみ

 


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政治経済:内閣(概略)

1.内閣の地位

①内閣の地位

・「行政権は、内閣に属する。」(憲65条)

 

②内閣の構成

文民である内閣総理大臣とその他の国務大臣で構成される(憲66条)

※国務大臣は内閣総理大臣が任命し(憲68条)、天皇が認証(憲7条)する

 

 国務大臣の過半数国会議員から選出されること(憲68条)

 

閣議:全大臣が参加する会議

 →内閣の方針を決定

 ※全会一致で決定

 

③内閣の権限 

・法律の執行

・外交関係の処理

条約の締結

予算の作成

政令の制定

・恩赦の決定(以上、憲73条)

 

・天皇の国事行為に対する助言と承認を行う(憲3・7条)

最高裁判所長官を指名する(憲6条)

・長官以外の最高裁判所裁判官を任命する(憲79条)

・下級裁判所裁判官の任命(憲80条)

 

 

2.議院内閣制

議院内閣制について

・内閣が国会信任にもとづいて成立し、国会に対して連帯して責任を負う政治のしくみ

(内閣は国会に対して連帯して責任を負う)(憲66条)

 

②内閣総理大臣について

国会議員の中から国会が指名(憲67条)

 →天皇が任命(憲6条)

 

③国会と内閣の関係

・衆議院は内閣に対し不信任の決議をすることができる(憲69条)

・衆議院が内閣不信任決議(案)を可決(または内閣信任決議案を否決)

 →内閣は、10日以内衆議院を解散するか、総辞職しなければならない

 

・内閣は衆議院を解散できる(憲7条、憲69条)

 →解散の日から40日以内に衆議院議員総選挙を実施

 →選挙の日から30日以内に特別会が召集される

 ※特別会召集時に内閣は総辞職し、新しい内閣総理大臣が指名される

 

 

 

 

 

 

3.日本の行政機構

・各省庁が職務を分担

・2001年より1府12省庁に再編された

 ※1府:内閣府

行政委員会…内閣から独立した権限を持つ組織

 例)公正取引委員会など

 

4.行政改革

・行政の効率化、民営化などの取り組みのこと

行政権の肥大化行政権の優越/優位)への対応

 →小さな政府を目指す

 

 


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政治経済:国会(概略)

1.国会の地位

・「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」(憲41条)

 

2.国会の構成

ⅰ.二院制(両院制)

衆議院参議院で構成

 

ⅱ.国会議員の特権(憲49~51条)

歳費特権相当額の歳費(給与)を受ける

 

不逮捕特権:会期中は逮捕されない

※会期前に逮捕された場合、議院の要求があれば会期中は釈放

※院外での現行犯逮捕、議院の許諾があれば逮捕される

 

免責特権:院内での発言や評決について、院外で法的責任を問われない

 

 

ⅲ.両議院の関係

・衆参両議院は基本的には対等

議案によっては衆議院の優越が認められる

 

ⅳ.衆議院の優越(憲59・60・61・67・69条)

法律案の議決

予算の議決

条約の承認

内閣総理大臣の指名

について優越の規定あり

 

※衆議院にのみ認められている権限

予算の先議権

内閣不信任の決議

 

 

3.国会の種類(憲52~54条)

常会通常国会

毎年1回1月中に召集

・会期は150日間

 

臨時会臨時国会

内閣の決定により召集

・あるいは衆参いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求で召集

 

特別会特別国会

・衆議院議員総選挙から30日以内に召集される

内閣総理大臣を指名する

 

④参議院の緊急集会

・衆議院の解散中に緊急の必要がある場合に、内閣の要求により召集

 

4.国会の権限

①憲法改正の発議

 

立法権:法律の制定

・法律案は内閣議員が提出

議長→委員会→本会議 の順に審議

 →もう片方の議院でも同様に審議

委員会常任委員会特別委員会がある

公聴会:専門家や利害関係者の意見を聞くこともある

 ※予算審議では必ず開く 

・成立した法律は天皇が公布国事行為

 

条約の承認

・条約は内閣が締結し、国会が承認する

 

内閣総理大臣の指名

国会議員の中から指名する

 

弾劾裁判所の設置

・裁判官を裁判:辞めさせるかどうかを決定

 

国政調査権

・国政に関する事項を調査する権限

・国会が内閣を監視する手段の1つ

証人喚問や、内閣に記録の提出を要求することができる

 


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政治経済:新しい人権(概略)

Ⅰ.概略

1.新しい人権とは

・憲法上に明文規定のない人権

・経済成長や社会の変化に伴って主張され、認められてきた人権の総称

 

.新しい人権の種類

ここでは、以下の4つを取り上げる

環境権知る権利プライバシーの権利自己決定権

 

 

Ⅱ.新しい人権のまとめ

1.環境権

良好な環境で生活する権利

・背景:高度経済成長期に公害が深刻化したこと

 

①おもな法律

・1967年、公害対策基本法…公害対策を総合的に推進

 →1993年、環境基本法に発展的改正

 

・1997年、環境影響評価法環境アセスメント法

 …開発行為を行う際に、自然環境に与える影響を事前に調査・評価することを定めた

 

 

2.知る権利

・政府や地方公共団体の保有する情報の公開を求める権利

 

①情報公開制度

・各地方公共団体では情報公開条例が制定されている

・国レベルでは情報公開法を1999年に制定(2001年施行)

 

 

3.プライバシーの権利

・私事・私生活をみだりに公開されない権利

・近年は、自己の個人情報をコントロールする権利としても主張

 

①おもな法律

個人情報保護法:2003年制定

 …個人情報の第三者への提供制限を規定

 

 

4.自己決定権

・一定の私的事項を自分で決定することのできる権利

 

尊厳死

・回復の見込みがない場合に延命措置を拒否し、品位ある死を選ぶこと

 

インフォームド・コンセント

・医師による十分な説明を受け、同意した上で医療行為を受けること 

 


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政治経済:参政権、請求権(概略)

Ⅰ.概略

1.参政権

・政治に参加する権利

・国家権力の形成・行使に参加する権利

 

2.請求権(国務請求権)

・国家に対して国民が行使できる権利の総称

・基本的人権を確保するための権利

 

 

Ⅱ.参政権と請求権のまとめ

1.参政権

①公務員の選定・罷免権(憲15条①③)

 

国民審査(憲79条)

・最高裁判所の裁判官の罷免権

 

③地方公共団体の長や議員の選挙権・被選挙権(憲93条)

 

地方特別法住民投票(憲95条)

・1つの地方公共団体のみに適用される法律については、地元住民の同意が必要

 →住民投票を実施

 

憲法改正国民投票(憲96条)

※憲法改正の手続きで行われる国民投票

 

 

2.(国務)請求権

請願権(憲16条)

・議会や行政機関に対し、損害の救済や法の改廃を請願する権利

 

国家賠償請求権(憲17条)

・公務員の違法行為により損害を受けた時、国や地方公共団体に損害賠償を請求する権利

 

裁判を受ける権利(憲32条)

・権利や自由を侵害された場合に、公平な裁判により救済を求めることができる権利

 

刑事補償請求権(憲40条)

・刑事事件で身体の拘束を受け、裁判で無罪になった場合、国に補償を求める権利

 


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政治経済:社会権(概略)

Ⅰ.社会権(社会権的基本権)の概略

・20世紀に登場。人間らしく生きるための権利

・世界では1919年のワイマール憲法ドイツ)で初めて保障

 

・社会権の分類:大きく3つある

 1.生存権

 2.教育を受ける権利

 3.労働基本権

 

 

Ⅱ.社会権のまとめ 

1)生存権

・「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」(憲25条)

→これに基づいて社会保障制度を整備

(詳しくは経済分野で)

 

2)教育を受ける権利

・「すべて国民は、(略)その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」

・「義務教育は、これを無償とする」

(憲26条)

 

3)労働基本権

勤労の権利(憲27条)

 

②労働三権(憲28条)

ⅰ.団結権

労働組合を結成する権利

 

ⅱ.団体交渉権

・労働者が団結して使用者(会社側)と対等な立場で労働条件等について交渉する権利

 

ⅲ.団体行動権(争議権)

・労働者が要求を通すためにストライキ等の労働争議を起こす権利

公務員には認められていない

 理由:「全体の奉仕者」であるため(憲15条)

 

 

労働三法:労働三権を具体的に保障する3つの法律

労働基準法労働組合法労働関係調整法

(詳しくは経済分野で)

 


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政治経済:平等権/解説(概略)

平等権

 

1.日本国憲法の規定

人権は、いずれも日本国憲法の条文に記述があります(新しい人権は除く)。平等権は、第14条などで保障されています。

 

第14条第1項には、「すべて国民は、の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」とあり、法の下の平等が保障されています。

 

 

2.残る差別と対策

憲法で平等権が保障されてはいるものの、実際には多くの差別が残っています。その一部を、対策とともに確認していきます。

 

①女性差別

女性差別への対応としては、1985年に制定され翌年施行された男女雇用機会均等法があります。これは、国連で採択された女子差別撤廃条約を日本が批准するために制定されました。その内容は、募集・採用・昇進など、職場における男女差別をなくすことを目的とするものです。この法律は、その後何度か改正されています。

 

さらに1999年には、男女共同参画社会基本法が制定・施行されました。この法律も、男女平等を進めるもので、男女が個人として能力を発揮できる社会(男女共同参画社会)をめざすという法律です。

 

②部落差別

明治維新により四民平等の世の中にはなりましたが、被差別部落問題は解消されませんでした。

大正時代の1922年、部落差別の解消をめざして、全国水平社が結成されました。戦後の1965年には、同和対策審議会の答申により、部落差別の解消のための努力が国の責務・国民の課題とされました。

 

外国人差別・民族差別

アイヌ民族問題に関しては、アイヌ文化振興法が1997年に制定・施行されました。法律上初めてアイヌ民族が認められ、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会がめざされました。

 


政治経済:自由権(概略)

Ⅰ.自由権(自由権的基本権)の概略

・国家権力の干渉を排除し、各人の自由が保障される権利

・自由権の分類:大きく3つある

 1.精神的自由権精神の自由

 2.経済的自由権経済の自由

 3.人身の自由身体の自由

 

 ※教科書等によって表記が異なる

 

 

Ⅱ.自由権のまとめ

1)精神的自由権精神の自由

思想・良心の自由(憲19条)

・個人の内面的な精神活動を保障

 

信教の自由(憲20条)

・宗教活動・信仰選択の自由

・国による宗教行事への参加の強制禁止

 

政教分離の原則:国家の宗教的中立の原則

 →国家は特定の宗教を援助してはならない

 

表現の自由(憲21条)

・個人が外部に自己の思想・主張・感情などを表現する自由

 例)言論・集会・出版・結社など

 

通信の秘密検閲の禁止

 →公権力が通信(電話・手紙など)の内容を調べることを禁止

 

学問の自由(憲23条)

・どのような学問分野であっても、研究しその成果を発表する自由

 

 

2)経済的自由権経済の自由

居住・移転の自由職業選択の自由(憲22条①)

・どこに住んでもよい。自由に引っ越しもできる

・自由に職業を選ぶことができる

 

財産権の不可侵(憲29条)

・自分の財産をもち、自由に処分できる権利

・財産を不当に没収されない

 

 

3)人身の自由身体の自由

奴隷的拘束および苦役からの自由(憲18条)

・人格を無視した身体の拘束の禁止

・犯罪により処罰される場合を除き、いかなる苦役も受けない

 

法定手続きの保障(適正手続きの保障)憲31条)

・刑罰を科すには法律に定められた手続きが必要

 

罪刑法定主義憲31条)

・犯罪行為およびその犯罪に対する刑罰は法律の規定が必要

 

令状主義の原則憲33・35条)

・不当な逮捕等からの自由

現行犯の場合を除き、逮捕には司法官憲(裁判官)の発する令状が必要

 

弁護人を依頼する権利憲34条、憲37条③)

 

⑥拷問・残虐な刑罰の禁止憲36条)

 

⑦公平・迅速な公開裁判を受ける権利憲37条①)

※密室での裁判は人権侵害のおそれあり

 

黙秘権(憲38条)

・自分に不利な供述をしなくてもよい権利

 

自白のみによる処罰の禁止(憲38条)

 

 

 

 


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政治経済:平等権(概略)

平等権

 

1.日本国憲法の規定

・法の下の平等:第14条

第14条①「すべて国民は、の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」

 

 

2.残る差別と対策

①女性差別

男女雇用機会均等法:1985年制定、1986年施行。その後改正

 →職場における男女差別の禁止

 (募集、採用、昇進など)

 

男女共同参画社会基本法:1999年制定・施行

 →男女が互いに能力を発揮できる社会を目指す

 

②部落差別

・1922年、全国水平社の結成

 

外国人差別・民族差別

アイヌ文化振興法:1997年制定・施行

 →アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会をめざす

 


政治経済:平和主義/解説(概略)

平和主義

 

1.戦後世界の大まかな流れ

まず、戦後の世界を平和主義に関連する内容に絞って確認します。

・1945年、日本が降伏し、第二次世界大戦が終結しました。

 

・それから1990年頃までは、長らく米ソ両陣営の対立、すなわち冷戦が続きました。

 

・1990年代になると、地域紛争が増加します。

・2000年代以降になると、いわゆるテロとの戦いも加わってきます。

 

 

2.世界情勢と日本

①冷戦下

戦後から1990年頃までの世界情勢と日本の状況を確認していきます。

 

 1950年、まだ日本がGHQの占領下にあった時期ですが、この年に朝鮮戦争が起こりました。これを受けて、GHQは日本に警察予備隊の創設を指示しました。警察予備隊は1952年に保安隊、さらに1954年には自衛隊へと強化されていきました。 

 

 冷戦でソ連など東側陣営と対立していたアメリカは、日本を西側陣営に組み込むため、日本の独立を急ぎました。1951年にサンフランシスコ平和条約で日本の独立を実現するとともに、日米安全保障条約が調印されました。

 1960年には新安保条約が調印され、日米安全保障条約が改定されています。なお、このとき日米地位協定も締結され、在日米軍とその構成員の地位や基地の管理などについて定められました。

 こうして戦後の日本の安全保障は日米同盟のもとで構築されていきます。

 

1978年には、日米防衛協力のための指針(旧)ガイドライン)が策定されたほか、同年から日本が本来負担する義務のない費用も負担する思いやり予算も始まりました。

 

②冷戦後

冷戦が終結した後の日本の安全保障体制の変化を見ていきましょう。

1992年、PKO協力法国連平和維持活動協力法)が制定され、自衛隊がカンボジアなどに派遣されました。

 

1997年には、新たな日米防衛協力のための指針新ガイドライン)が策定されました。1978年に策定されたものと同じ名称ですが、1978年のものを「ガイドライン(または旧ガイドライン)」、1997年のものを「新ガイドライン」と呼んで区別します。

 

21世紀最初の年、2001年にアメリカ同時多発テロが発生しました。アメリカが対テロ戦争を始めるのにあたり、日本はテロ対策特別措置法を制定しました。

さらに2003年には、アメリカがイラクを攻撃してイラク戦争が始まりました。この時は、日本はイラク復興支援特別措置法を制定し、主要な戦闘終結後のイラクに自衛隊が派遣されました。

 

日本国内では、戦争などの緊急事態における国内での対応を定めた有事関連3法が2003年に成立しました。さらに2004年には有事関連7法が成立しています。

 

 

3.日本の平和主義

文民統制シビリアン・コントロール

文民統制とは、文民、すなわち軍人でない人(政治家など)が、軍隊を統制し、軍の暴走を防ぐ制度のことです。日本の場合、自衛隊の最高指揮権は文民である内閣総理大臣にあります。日本国憲法でも、内閣総理大臣は文民でなければならないとされています(第66条②)。

 

②非核三原則

唯一の被爆国である日本は、核兵器を「もたず、つくらず、もち込ませず」という非核三原則を掲げています。

 


政治経済:平和主義(概略)

平和主義

1.戦後世界の大まかな流れ

⓪1945年

・終戦:第二次世界大戦の終結

 

①1990年頃まで

冷戦:米ソ両陣営の対立

 

②1990年代~

・地域紛争の増加

 

③2000年代~

・テロとの戦い

 

 

2.世界情勢と日本

①冷戦下

・1950年、朝鮮戦争が起こる

 

・1950年、警察予備隊の創設

 →1952年、保安隊の創設

 →1954年、自衛隊の創設

 

・1951年、日米安全保障条約に調印

・1960年、新安保条約:日米安全保障条約の改定

 ※日米地位協定も締結

 

・1978年、日米防衛協力のための指針(旧)ガイドライン)を策定

・1978年~、思いやり予算:本来負担義務のない費用を日本が負担

 

②冷戦後

・1992年、PKO協力法国連平和維持活動協力法

 →自衛隊の海外派遣

 

・1997年、日米防衛協力のための指針新ガイドライン)策定

 

・2001年、アメリカ同時多発テロ

 →日本はテロ対策特別措置法を制定

・2003年、イラク戦争:アメリカがイラクを攻撃

 →日本はイラク復興支援特別措置法を制定

・2003年、有事関連3法 

・2004年、有事関連7法 

 

・2015年、安全保障関連法平和安全法制

 

 

3.日本の平和主義

文民統制シビリアン・コントロール

・軍の暴走を防ぐしくみ

・自衛隊の最高指揮権は内閣総理大臣にある

 

②非核三原則

核兵器を「もたず、つくらず、もち込ませず」という原則

 

③自衛権

ⅰ.専守防衛

・日本は、相手からの攻撃を受けた場合に限り、必要最小限度の自衛権の行使が可能

 

ⅱ.個別的自衛権

武力攻撃を受けた場合、自国を防衛するために必要な措置をとる権利

 

ⅲ.集団的自衛権

・自国と同盟・連帯関係にある他国(A国)が武力攻撃を受けた場合、

(日本は攻撃を受けていなくても)A国を守るために、A国と共同して防衛行動をとる権利

 

・2014年、日本は閣議で集団的自衛権の限定的な行使を可能にした

・2015年、平和安全法制:集団的自衛権の行使に法的根拠を与えた

 


政治経済:日本国憲法(概略)

1.大日本帝国憲法(明治憲法)

・発布:1889年2月11日

・主権:天皇主権

法律の留保臣民の権利は法律の範囲内で認める

・その他:統帥権の独立

 

2.日本国憲法

①制定過程

・1945年8月、日本はポツダム宣言を受諾し降伏

・大日本帝国憲法(明治憲法)の改正という形式をとる

松本案:日本側が憲法改正草案を提示

 →GHQは拒否

マッカーサー草案:GHQが提示

 →日本政府はこれをもとに憲法改正案をまとめる

・帝国議会で審議:一部修正のうえ可決・成立

 

②成立・公布・施行

・公布:1946年11月3日

・施行:1947年5月3日

 

③三大原理

国民主権基本的人権の尊重平和主義

 

④天皇の地位

・天皇は日本国および日本国民統合の象徴

・天皇は国事行為のみを行う

 

⑤日本国憲法の特徴

・国の最高法規

 

⑥改正の手続き

・衆参両議院の総議員の3分の2以上の賛成

→国会が発議

国民投票で有効投票の過半数の賛成

→天皇が公布 

 


政治経済:世界の政治体制(概略)

世界の政治体制

 

Ⅰ.重要ワード

イギリス議院内閣制

アメリカ大統領制

フランス半大統領制

中国民主集中制

⑤かつてのアジア・中南米など:開発独裁

 

 

Ⅱ.概略:世界の政治体制

1)イギリス

①イギリスの政治体制

議院内閣制下院の多数党党首が首相となり内閣を組織

 

②イギリスの政治の特徴

・二大政党制

影の内閣シャドーキャビネット):野党が政権交代に備えて組織

・2009年に最高裁判所を設置

※日本・ドイツ・イタリアも議院内閣制を採用

 

 

2)アメリカ

①アメリカの政治体制

大統領制

 

②アメリカの政治の特徴

・厳格な三権分立

・大統領の権限が強い:法案拒否権、教書送付権

 ※議会の解散権なし(そもそも解散の制度なし)

・裁判所は違憲審査権あり

・二大政党制

 

3)フランス

半大統領制大統領と首相が並存

 

4)中国

民主集中制民主的権力集中制

全人代全国人民代表大会)が国家の最高機関

 

5)アジア・中南米など

開発独裁:経済成長を優先。人権・民主主義を制限

 →その後、各国は民主化

 


政治経済:社会契約説(概略)

Ⅰ.社会契約説の概略

3人の思想家と著書

ホッブズ:『リバイアサン

ロック:『市民政府二論統治二論)』

ルソー:『社会契約論

 

 

Ⅱ.社会契約説のまとめ

1)ホッブズ(英)

・主著:『リバイアサン

・自然状態:万人の万人に対する闘争状態 

 →人々は自然権を国家に譲渡し、その強大な権力に従うことを主張

・結果的に絶対王政を擁護

 

2)ロック(英)

・主著:『市民政府二論統治二論)』

・自然状態:人々は自然権として生命・自由・平等・財産権をもつが、不安定

 →自然権を確実に守るため、人々は自然権を国家に信託

間接民主制を主張

・統治者が自然権を侵害した場合、人民は抵抗権革命権)を行使できるとした

アメリカの独立にも影響 

 

3)ルソー(仏)

・主著:『社会契約論

・自然状態:自由・平等で平和な状態だが、私有財産の発生により不自由と不平等に支配されるようになった

 →自由・平等を取り戻すために人々は契約を結び共同体(国家)をつくる

・国家は人々の一般意志(共通意志)に従って運営される

人民主権に基づく直接民主制を理想とする

フランス革命にも影響

 

 


日本史(テーマ):江戸時代の社会・経済

1.江戸時代の村、町

①村の自治

村方三役名主組頭百姓代の村役人。本百姓が就く

 ※名主は関西では庄屋、東北では肝煎とよばれた

村法(村掟)を制定し、村を運営

 →違反者には村八分などの制裁

本百姓:自分の田畑を持つ百姓。村方三役に就ける。年貢を負担

水呑百姓:自分の田畑を持たない

 

②本百姓の負担

本途物成…本百姓の負担の中心となる年貢。四公六民五公五民が一般的

小物成…本途物成以外の雑税の総称。農業以外の副業などに賦課

伝馬役…街道周辺の村々が提供した人や馬などの負担

助郷役…人馬不足の際に補助人足を差し出す村(助郷)の負担

 

③幕府の農村政策

・1643年、田畑永代売買の禁令:土地の売買・権利の移動を禁止

田畑勝手作の禁:穀物以外の商品作物の栽培禁止。のちに形骸化

・1673年、分地制限令:耕地の分割相続を制限し、田畑の細分化を防ぐために発令

五人組:年貢納入や犯罪防止などで連帯責任を負わせる

 

④町と町人

:町人地に多数存在した共同体 

町人:町に住む家持の住人

・町役人の町年寄名主(町名主、庄屋)月行事が町政を担う

 ※町法(町掟)を制定し、それらにもとづいた運営を行う

 

 

 

2.農業の発展

新田開発:年貢の増収を見込んで幕府・諸藩が積極的に開発

・耕地面積の変化:江戸時代初めからの100年余りで約2倍に増加 

 

①農具の発達 

備中鍬:深耕用。刃先が3~4本に分かれている

千歯扱:脱穀用

唐箕:選別用。中国から伝来。風を起こして籾殻をとり除く

千石簁:選別用。金網の上に穀類を流し、粒の大きさで選別

踏車:灌漑用の小型揚水車

 

 

②農村の変質

ⅰ.商品作物

・四木・三草

・特産物:出羽村山(最上)地方の紅花駿河・山城宇治など

 

ⅱ.肥料の普及

刈敷…山野から刈り取る草

下肥:人口の多い都市周辺部で使用

 

金肥…購入して使用する肥料。特に商品作物が盛んな地域に普及

 干鰯…金肥の1つ。鰯を日干しにしたもの。房総がおもな漁獲地(養殖ではない)

 油粕…金肥の1つ。菜種から油を絞り取った残り

 

ⅲ.農書:農業技術の解説書。江戸時代に普及

『清良記』…17世紀前半、最初の農書とされる

農業全書宮崎安貞の著。最初の本格的な農書

農具便利論大蔵永常の著。数十種類の農具を図示し、用法を記す

広益国産考大蔵永常の著。作物の栽培法・商品作物加工による農家の利益や国益を論じた

 

 

3.漁業

上総九十九里浜鰯漁干鰯などにも加工され、金肥として流通

蝦夷地昆布俵物の生産

 ※俵物:さまざまな海産物を俵に詰めたもの

 →17世紀末以降、にかわって長崎貿易における清への主要輸出品目に

 

4.陸上交通

五街道

・江戸の日本橋を起点とする5つの街道。道中奉行が管理

東海道中山道、甲州道中、日光道中、奥州道中

 

②脇街道(脇往還)

・五街道以外の主要幹線道路

 

③伝馬役

・街道周辺の村々が提供した、人や馬などの負担のこと

 ※助郷役…人馬不足の際に補助人足を差し出す村(助郷)の負担

 

④通信:飛脚制度

継飛脚…幕府公用。書状・荷物の伝達

大名飛脚…諸大名が設置。江戸~国元の連絡用

町飛脚…三都の商人が開始(民間の営業)。飛脚問屋が運営

 

 

5.水上交通

①海上交通

ⅰ.南海路

・太平洋側の江戸~大坂間

菱垣廻船樽廻船が木綿・油・酒などを輸送

 →樽廻船が優位

 

ⅱ.河村瑞賢による海運の整備(17世紀後半)

東廻り海運:東北地方 ~ 江戸 の航路

西廻り海運:江戸・大坂 ~ 東北の日本海側 の航路

 

 

②河川舟運

角倉了以が高瀬川、富士川などを開削・整備

 

 

6.貨幣

①金貨

計数貨幣

・単位:両・分・朱4進法

・おもに東日本で流通

 

②銀貨

秤量貨幣

・おもに西日本で流通

 

③銭貨

計数貨幣

・1636年発行の寛永通宝が広く流通

 

藩札

・17世紀後半以降、各藩・旗本領内で流通した紙幣

・藩財政の窮乏を救う

 

 

7.三都の発展

①江戸

・日本最大の消費都市:人口100万で世界一

・市場:神田の青物市場(野菜・果実)、日本橋の魚市場

 

②大坂

・商業経済の中心地。「天下の台所」

蔵屋敷…諸藩・旗本が年貢米や特産物(蔵物)販売のために設置した倉庫兼取引所

 

納屋物…蔵物に対する語。民間商人の手を経て大坂に集まる商品

・市場:堂島の米市場、天満の青物市場、雑喉場の魚市場

 

③京都

・幕府機構:京都所司代が朝廷・公家・寺社との関係維持、畿内周辺を支配

 

 

8.商業

①豪商

初期豪商…17世紀前半。権力者と結んだ特権的商人。朱印船貿易で栄える 

 ex)京都の角倉了以茶屋四郎次郎

 

元禄豪商…17世紀後半。三都の繁栄を背景に出現。両替商も兼ねる 

 ex)大坂の鴻池家、江戸の三井家三井高利が祖)

 

②問屋仲間の連合体

・江戸:十組問屋

・大坂:二十四組問屋

 


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日本史(テーマ):室町時代の社会・経済

1.室町時代の村の自治

惣村)の形成

寄合…村民の会議。惣村の意思決定機関

惣掟村法村掟)…村民が守るべき規約

地下検断自検断)…村の秩序を維持するために、村民が自ら警察権を行使すること

地下請村請百姓請)…領主へ納める年貢を惣村がまとめて請け負うこと

強訴…荘園領主のもとに大挙しておしかけ、強圧的に訴えること

逃散…耕作を放棄して他領や山林に逃げ込むこと。抵抗の一形態

 

2.産業の発達

①農業

二毛作が全国に広まる

※鎌倉時代に畿内で始まっていた

 畿内では三毛作を行うところも

 

②商業

六斎市…月に6回開かれる定期市。応仁の乱後に一般化

 ※それまでは三斎市が一般的

見世棚店棚)…常設の小売店。京都などの大都市で一般化

 

・さまざまな行商人

 連雀商人

 振売

 大原女:炭や薪を売る女性

 桂女:鮎を売る鵜飼集団の女性

 

 

の発達

 例)大山崎の油神人油座)は岩清水八幡宮を本所とした

 

③貨幣

明銭の使用:永楽通宝など

撰銭:粗悪な私鋳銭を嫌い、良質の銭を選ぶ行為

 →戦国大名は撰銭令を発布して対応

 

④金融

土倉

酒屋 

 

⑤運送業者

馬借:馬の背に荷を載せて運ぶ

車借 

 

 

3.さまざまな都市の繁栄

城下町…戦国大名の城郭を中心に、家臣団や商工業者を住まわせた都市

門前町…寺社の門前に発達した町

 例)伊勢神宮の伊勢・山田

 

寺内町浄土真宗の寺院・道場を中心に形成された町

 例)摂津の石山、河内の富田林

 

港町…海陸交通の要地に発達した港湾都市

 例)筑前の博多、和泉の、津軽半島の十三湊

 

 

4.自由都市の発達

:36人の会合衆が運営

博多:12人の年行司が運営

京都町衆(富裕な商工業者)が自治的団体のを運営。独自の町法を制定

 →町衆の中から月行事を選出し、自治的な運営を行う。

 ※町衆は祇園祭も再興した

 


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日本史(テーマ):鎌倉時代の社会・経済

1.鎌倉時代の武士の生活

惣領制

惣領:宗家の首長

・庶子:嫡子以外の子

・所領の相続は分割相続が原則

 ※女性も相続可。女性の御家人・地頭もいた

 

②武芸の重視

・騎射三物:3種の馬上弓技

 ・流鏑馬…馬上から、放された犬を射る

 ・笠懸…馬上から、笠や板を的にして射る

 ・犬追物…走っている馬から、一定間隔に置いた3つの的を射る

 

③武士の土地支配

地頭の荘園侵略への対応

地頭請地頭請所…荘園領主が地頭に一定の年貢納入を請け負わせる

下地中分…土地を折半して土地や人を支配し、互いに干渉しない

 

 

2.鎌倉時代:社会の変動

①農業の発達

二毛作…同じ土地で年2回異なる作物を栽培・収穫

 ※米を表作、麦を裏作とする

 

・肥料の使用

刈敷:草を刈って田に敷き込む

 草木灰:草木を焼き、その灰を使用

 

鉄製農具の使用

牛馬耕の一般化

・大唐米の輸入:多収穫米

 

 

②商業の発達

・背景:貨幣経済の浸透

定期市の発達:三斎市(月に三度開かれる)

見世棚…常設の小売店

…商工業者の同業組

 →本所(公家・寺社)に座役を納入し、販売独占権を認められる

 

問丸):運送業者。各地の港や河川沿いの要地に発達

 

 

③金融の発達

宋銭…中国から輸入された。売買の手段、年貢納入に使用(年貢の銭納化)

為替…遠隔地間の金銭の輸送を手形で決済する制度

 

 

④地頭の荘園侵略と農民の団結

紀伊国阿河荘民の訴状:阿氏河荘の農民が、地頭の湯浅氏の非法を訴えた

 


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日本史:昭和時代・戦前(概略)

Ⅰ.昭和時代(戦前)の年代

・戦前は1926年から1945(昭和20)年まで

 

Ⅱ.昭和時代・戦前の概略(年表)

・1927年、山東出兵第1次~第3次):~1928年

・1928年、張作霖爆殺事件おこる

 →田中義一内閣総辞職

 

・1929年、アメリカから世界恐慌が広がる

 

・1930年

 金輸出解禁

 ロンドン海軍軍縮条約調印

 →統帥権干犯問題の発生、浜口雄幸首相狙撃される

 

・1931年

 重要産業統制法

 柳条湖事件 満州事変

 

・1932年

 満州国の建国宣言

 五・一五事件犬養毅首相暗殺

 

・1933年

 国際連盟脱退(1935年発効)

 塘沽停戦協定日中軍事停戦協定)

 

・1935年、国体明徴声明 ※天皇機関説問題

 

・1936年

 二・二六事件

 軍部大臣現役武官制が復活

 日独防共協定

 →1937年、日独伊三国防共協定

 

・1937年、盧溝橋事件 →日中戦争始まる

 →1938年、近衛声明第1次~第3次

 

・1938年、国家総動員法

 

・1939年

 独ソ不可侵条約

 第二次世界大戦の始まり

 

・1940年

 新体制運動

 北部仏印進駐

 日独伊三国同盟

 大政翼賛会

 

・1941年

 国民学校

 日ソ中立条約

 南部仏印進駐

 →アメリカによる石油禁輸

 太平洋戦争始まる

 

・1942年

 翼賛選挙の実施

 ミッドウェー海戦で敗北

 

・1943年、大東亜会議

・1944年、サイパン島陥落

 

・1945年、終戦

 

 


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日本史:大正時代(概略)

Ⅰ.大正時代の年代

・1912年から1926年まで

(大正15年まで) 

 

Ⅱ.大正時代の概略

1)大正政変

・1913年、第一次護憲運動

第3次桂太郎内閣退陣

 

  

2)第一次世界大戦

1914年におこる(~1918年)

第2次大隈重信内閣日英同盟を理由に参戦

 

・1915年、二十一カ条の要求:中国に対して発表

 

・1917年、石井・ランシング協定:アメリカと締結

 

・1918年、シベリア出兵ロシア革命に干渉

 ※米騒動の発生:寺内正毅内閣総辞職

 

・1919年、ヴェルサイユ条約調印:第一次世界大戦の講和条約

 同年、朝鮮三・一独立運動中国五・四運動が起こる

 

 

3)政党内閣

原敬内閣の成立:1918年

 ※米騒動寺内正毅内閣が倒れた後

初の本格的な政党内閣

 

4)国際協調

・第一次世界大戦後の国際的な風潮

ワシントン会議:1921~1922年

 →いくつかの条約に調印

カ国条約英米仏日が調印

 ※日英同盟の廃棄を決定

 

九カ国条約:中国問題についての条約

 →中国の主権尊重、門戸開放・機会均等

 

ワシントン海軍軍縮条約英米日仏伊が調印

 →主力艦の制限を決定

 

5)日本国内のできごと

ⅰ.関東大震災:1923年

震災恐慌の発生:経済の混乱、不況

 

ⅱ.第二次護憲運動:1924年

加藤高明内閣が成立。

→以後、1932年まで政党内閣の時代

 

ⅲ.1925年のできごと

日ソ基本条約に調印:ソ連と国交樹立

 

普通選挙法満25歳以上の男子に選挙権を認めた

 ※納税額による制限を撤廃

 

治安維持法:社会主義思想の取り締まり

 ※普通選挙法と同時に制定 

 


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日本史:明治時代-3(概略)

1.朝鮮半島情勢と日清関係

①朝鮮をめぐる清との対立

・1882年、壬午軍乱壬午事変):朝鮮で起こる

・1884年、甲申事変:朝鮮で起こる

・1885年、天津条約:日清間で締結

 

日清戦争

ⅰ.開戦のきっかけ

・1894年、甲午農民戦争東学(党)の乱):朝鮮で反乱

 →日清戦争:朝鮮に出兵した日清両国が衝突・開戦

 

ⅱ.講和条約

・1895年、下関条約に調印:日清戦争の講和条約

※日本:伊藤博文陸奥宗光

 清国:李鴻章

 

・条約の内容

 清国は朝鮮の独立を認める:清国の宗主権を否定

 清国は遼東半島台湾澎湖諸島を日本に割譲する

 清国は賠償金2億両(約3億1000万円)を日本に支払う

 

ⅲ.三国干渉

ロシアフランスドイツとともに遼東半島の清への返還を要求

 →日本はこれを受け入れ

 

③日清戦争後の動き

ⅰ.日本の台湾統治(1895~1945年)

・1895年、台湾総督府を設置し、台湾を統治

 

 

ⅱ.朝鮮の独立

・1897年、朝鮮が国号を大韓帝国韓国)に改める

 

④日清戦争後の清国

ⅰ.義和団事件

・1899年、中国で民衆が列強に反乱(~1900年)

 

ⅱ.北清事変

・清国政府が義和団に同調

→列国に宣戦布告するが、降伏

→1901年、北京議定書を締結

 

 

2.ロシアとの対立

①イギリスとの同盟

・1902年、日英同盟協約を締結

※イギリスとの軍事同盟。ロシアに対抗

 

②開戦

・1904年、日露戦争開戦

 

③講和条約

ⅰ.ポーツマス条約調印:1905年

 ※セオドア・ローズベルト米大統領の仲介

 

ⅱ.条約のおもな内容

・ロシアは韓国に対する日本の指導・監督権を全面的に認める

・旅順・大連の租借権を日本に譲渡

・長春以南の鉄道と付属利権を日本に譲渡

北緯50度以南サハリン樺太)を日本に譲る

賠償金なし →日本国内で日比谷焼打ち事件が起こる

 

※1906年、南満州鉄道株式会社満鉄)を大連に設立

 

3.日露戦争前後の各国との関係

①韓国の保護国化

ⅰ.日韓議定書:1904年

・日露戦争への協力など

 

ⅱ.第1次日韓協約:1904年

・日本政府推薦の財政・外交顧問を置く

 

ⅲ.第2次日韓協約:1905年

・韓国の外交権を奪う。

・漢城に(韓国)統監府を設置

 ※初代統監は伊藤博文

 

ⅳ.第3次日韓協約:1907年

・韓国の内政権を奪う

・韓国の軍隊の解散

 

②アメリカとの関係

・桂・タフト協定:1905年

※相互に承認:日本の韓国指導権、アメリカのフィリピン統治

 

③イギリスとの関係

ⅰ.第2次日英同盟協約:1905年

・適用範囲をインドまで拡大

 

ⅱ.第3次日英同盟協約:1911年

アメリカを適用除外とする

 

④ロシアとの関係

・日露戦争後、改善

・第1次日露協約:1907年、締結

→ロシアと接近。1916年の第4次まで締結

 

 

4.韓国の植民地化

①ハーグ密使事件1907年

→この後、日本は皇帝を退位させる

 

②伊藤博文の暗殺:1909年

・ハルビン駅頭で安重根に暗殺される

 

韓国併合:1910年

韓国併合条約の締結

→日本は朝鮮総督府を設置

 

 

5.条約改正

①領事裁判権の撤廃

・1894年、日英通商航海条約

陸奥宗光外相

※最初にイギリスと調印、その後各国と

 

②関税自主権の完全回復

・1911年、日米通商航海条約の改正

小村寿太郎外相

※最初にアメリカと調印

 

 

6.中国の革命運動

辛亥革命

・中国で起こった革命

孫文:革命の指導者。三民主義をとなえる

 

中華民国の成立

・1912年成立

孫文が臨時大総統に就任

→その後、臨時大総統の地位を袁世凱にゆずる

 

 

 


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日本史:明治時代-2(概略)

1.自由民権運動

①始まり

・1874年、板垣退助らが民撰議院設立の建白書を提出

 

②政社の結成

・1874年、立志社(土佐):板垣退助片岡健吉植木枝盛

 

・1875年、愛国社(大阪):立志社を中心とする全国組織 

 

※士族の反乱

・1877年、西南戦争西郷隆盛

 

③政府の対応

ⅰ.大阪会議の開催(1875年)

漸次立憲政体樹立の詔を出し、漸進的な国会開設方針へ

元老院大審院地方官会議の設置

 

ⅱ.弾圧立法の制定

讒謗律新聞紙条例

 

④自由民権運動の展開

・1877年、立志社建白:社長の片岡健吉が提出(却下される)

・1880年、国会期成同盟の結成

 ←弾圧立法:集会条例

 

・1881年、明治十四年の政変大隈重信を罷免

 →国会開設の勅諭を出す

 

⑤政党の結成

・1881年、自由党:党首は板垣退助

・1882年、立憲改進党:党首は大隈重信

※激化事件により自由民権運動は下火に

 例)秩父事件(埼玉県)

 

⑥自由民権運動の再結集

・1886年、大同団結運動(~1889年)

 

・1887年、三大事件建白運動後藤象二郎

 ←弾圧立法:保安条例 

 

 

2)憲法の制定

内閣制度の創設(1885年)

伊藤博文が初代総理大臣に就任

 

②憲法の制定

伊藤博文が中心

 他に井上毅伊東巳代治金子堅太郎

1889年、大日本帝国憲法明治憲法)を発布

 

③衆議院議員選挙法の公布(憲法と同時)

・参政権:直接国税15円以上を納入する満25歳以上の男性

 ※有権者は全人口の約1.1%

 

 


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日本史:明治時代-1(概略)

Ⅰ.明治時代の年代

・1868~1912年

※今回は1870年代まで

 

Ⅱ.明治時代のまとめ

1)戊辰戦争

・1868~1869年

・始まり:鳥羽・伏見の戦い(1868年1月、京都)

・終わり:五稜郭の戦い榎本武揚が降伏

 

2)明治維新

①新政府の発足

ⅰ.五箇条の誓文の公布

・1868年3月14日

・起草:由利公正

→修正:福岡孝弟

→加筆:木戸孝允

 

ⅱ.五榜の掲示

・1868年3月15日

・民衆の心得を示す

キリスト教の禁止など旧幕府の対民衆政策を継承

 

ⅲ.政体書の制定

・1868年閏4月

・政府の組織を整備

三権分立:形式的ではあるが開明的で欧米流の近代政治の体裁を整えた

 

 

3)政治的統一の達成

版籍奉還:1869年

薩摩長州土佐肥前の4藩主が、

 朝廷に領地(版図)と領民(戸籍)を返上

・旧大名は旧領地の知藩事に任命される

 →地方長官として引き続き藩政にあたる

※名目的には変わったが、実質は江戸時代のまま

 

廃藩置県:1871年

・薩摩、長州、土佐から1万人の御親兵をつのり、軍事力を固めたうえで断行

・中央から府知事県令が派遣され地方行政を担当

 

※藩閥政府の形成:

・薩摩藩:西郷隆盛、大久保利通、黒田清隆ら

・長州藩:木戸孝允、伊藤博文、井上馨、山県有朋ら

・土佐藩:板垣退助、後藤象二郎ら

・肥前藩:大隈重信、江藤新平ら

・公家 :三条実美、岩倉具視ら

 

 

4)中央政府のしくみの変遷

①三職

・1867年、王政復古の大号令の後の臨時政府

総裁議定参与を臨時に設置

 

②太政官制

政体書により設置

・1868年~1885年

 

内閣制度

・1885年~現在

 

 

5)明治初期の対外関係(1870年代)

①1871~73年、岩倉使節団の派遣

・大使:岩倉具視

・ほかに木戸孝允大久保利通伊藤博文

・女子留学生の津田梅子らも同行

 

②中国(清)との関係

ⅰ.1871年、日清修好条規に調印

・対等な条約

 

 

ⅱ.1874年、台湾出兵(征台の役)

・台湾出兵に反対した木戸孝允は参議を辞職し下野

 

③朝鮮との関係

ⅰ.1873年、征韓論の挫折

征韓論:武力で朝鮮を開国させるという主張

 →留守政府の西郷隆盛板垣退助らが主張

 

岩倉使節団が帰国、大久保利通木戸孝允らが反対

 →征韓論を主張していた西郷隆盛板垣退助らは参議を辞職し下野

 ※明治六年の政変という

 

ⅱ.朝鮮の開国

・1875年、江華島事件起こる

→1876年、日朝修好条規を締結

 ※朝鮮にとって不平等な条約

 

④琉球:琉球処分

・1872年、琉球設置

・1879年、沖縄県の設置を強行

 

⑤ロシアとの関係

・1875年、樺太・千島交換条約

樺太をロシア領千島全島を日本領とする

 

⑥その他

 

・1876年、小笠原諸島の領有を各国に通告

 

 


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日本史:明治時代(概略)⓪ 国内政治中心

Ⅰ.明治時代の年代

・1868年から1912年まで。

 

Ⅱ.大まかな流れ

・1868年~1870年代

→国内:各種の改革、自由民権運動、士族反乱

 外交:外交関係の樹立、領土の画定、条約改正交渉

 

・1880年代

→国内:激化事件、大日本帝国憲法の発布

 外交:朝鮮問題

 

・1890年代

→国内:初期議会

 外交:条約改正、日清戦争

 

・1900年代

→国内:桂園時代

 外交:日露戦争

 

 

明治時代の概略 ※国内政治中心のまとめ

1)明治維新~大日本帝国憲法の制定(1868~1889年)

・1868~69年、戊辰戦争鳥羽・伏見の戦い五稜郭の戦い

・1868年、五箇条の誓文五榜の掲示政体書 :新しい政府の方針、枠組み

・1869年、版籍奉還

・1871年、廃藩置県

 

 ※改革:学制(1872)、徴兵令(1873)、地租改正(1873~)

     →それぞれ反対一揆がおこる

 

・1873年、明治六年の政変征韓論争の結果、政府が分裂

 →板垣退助西郷隆盛らが下野

 

・1874年、民撰議院設立の建白書の提出:板垣退助

 →自由民権運動

 

・1877年、西南戦争西郷隆盛

・1880年、国会期成同盟の結成

・1881年、明治十四年の政変国会開設の勅諭

 →政党の結成:自由党立憲改進党

 

 ※激化事件(1880年代)

 

・1885年、内閣制度:初代内閣総理大臣・伊藤博文

・1889年、大日本帝国憲法の発布

 

 

2)列強と対等の地位へ:対外戦争~条約改正(1890~1911年)

・1890年~ 初期議会:政府と政党の対立

 →日清戦争をきっかけに協力関係へ

・1894年、条約改正:領事裁判権の撤廃

・1894年、日清戦争

 →1895年、下関条約

 

・1900年、立憲政友会伊藤博文が中心

・1902年、日英同盟

・1904年、日露戦争

 →1905年、ポーツマス条約

 

・1910年、韓国併合

・1911年、条約改正:関税自主権の完全回復

 ※1901~1913年、桂園時代桂太郎西園寺公望

 


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