中学歴史:江戸時代①/解説(ざっくり)

江戸時代の年代は、徳川家康が江戸幕府を開いた1603年から、大政奉還により幕府がほろぶ1867年まで、260年あまり続きました。

 

0.江戸時代の流れ

ざっくりと江戸時代の流れを確認します。

17世紀は、

1603年江戸幕府が開かれ、

1630年代を中心に「鎖国」政策がかためられていきます。

1680年代からは元禄時代。5代徳川綱吉により生類憐みの令などが出されました。

 

18世紀に入ると、

・1700年代の初めは新井白石の政治。

・そのあと、1700年代前半は8代徳川吉宗享保の改革が約30年続きます。

・1700年代後半には、田沼の政治寛政の改革が続きます。

 

19世紀。

・1840年代に天保の改革

・1850年代にペリー来航、そして開国

1867年大政奉還で江戸幕府終了

となります。


1.江戸幕府の成立

①幕府の成立

豊臣秀吉が亡くなったあと、国内の勢力は大きく2つに分かれました。徳川家康と、石田三成です。

両者は東西に分かれ、1600年に大きな戦いが起こりました。これが関ヶ原の戦いで、結果は東軍の徳川家康が西軍の石田三成に勝利しました。

この戦いに勝利した徳川家康は、1603年に征夷大将軍に任命されて江戸幕府を開きました。江戸時代の始まりです。

 

②大名の統制

江戸幕府は全国の大名が勝手な行動をしないように、決まりをつくっていきました。

そのために1615年に出されたのが武家諸法度でした。 この時家康はまだ生きていましたが、将軍は2代目にゆずられています。

 

続く3代将軍徳川家光のときには、参勤交代が制度化されました。その内容は、各地の大名は1年おきに領地と江戸を往復することとされたほか、大名の妻や子どもは人質として江戸に住むことにしました。参勤交代を制度化した幕府の目的は、大名の経済力を弱め、大名に反乱を起こさせないため、です。往復にはお金がかかるから幕府をたおすためのたくさんの武器は買えませんし、妻と子が人質にとられていたらなかなか反乱は起こせないですよね。

 

朱印船貿易

 

徳川家康は貿易にも積極的でした(日本を鎖国にしたのは家康ではないですよ)。徳川家康朱印状とよばれる海外渡航のための許可証を発行し、それを持った西日本の大名や商人が東南アジアなどに朱印船という貿易船を送り、利益をあげていきました。この貿易を通して、東南アジア各地に日本町が形成されました。


2.鎖国政策

鎖国政策を進めたのは3代将軍徳川家光のときでした。貿易に積極的だった幕府が、なぜ鎖国政策をとるようになったのか。 

その決定的なきっかけとなったのが、1637年におこった島原・天草一揆(島原の乱)でした。これは天草四郎(益田時貞)という少年を大将として九州で起こった大規模な一揆でした。九州はもともとキリシタンが多く、この一揆にも大勢のキリシタンが参加していました。

幕府はこの一揆をどうにか鎮圧しました。そして幕府は絵踏を強化することにしました。絵踏の目的は、キリスト教徒を見つけるためですね。

 

さらに1639年、幕府はポルトガル船の来航を禁止しました。こうして、いわゆる鎖国が完成し、1850年代にペリーが来航するまで続きます。

 

※鎖国下の対外関係

鎖国といっても日本が完全に閉ざされていたわけではありません。4つの窓口で、一部の国や民族とだけ関係を持ちました。

 

1つめの窓口は長崎です。長崎では、オランダ中国()のみと貿易を行いました。さらに長崎には扇形をした人工の島である出島がつくられ、オランダはここでのみ貿易を認められました。オランダはキリスト教の国なので、警戒されたのですね。

 

2つめの窓口は対馬藩の宗氏でした。宗氏は朝鮮との外交・貿易を担当しました。朝鮮からは将軍の代がわりなどに、(朝鮮)通信使が江戸を訪れました。

 

3つめの窓口は現在の鹿児島県である薩摩藩の島津氏です。島津氏は17世紀初めに琉球王国を武力で征服して服属させ、琉球王国から使節も来日するようになりました。

 

4つめの窓口は松前藩の松前氏です。現在の北海道の南部に位置した松前藩は、アイヌ民族との交易を独占的に行いました。


3.産業・交通の発展

①農村と農業

江戸時代の農村では五人組の制度がとられました。5~6戸の農家を一組として、犯罪防止や年貢の納入に連帯責任を負わせた制度です。

また、幕府や各藩は年貢を多く取れるようにするため、さかんに新田開発をすすめ、耕地を拡大していきました。

 

新しい農具もいくつか出てきました。深くたがやすのに便利な備中ぐわや、脱穀を効率的に行える千歯こきなどがあります。

 

②陸上交通

陸上交通では、江戸を起点とする東海道中山道など5つの街道(五街道)が整備されました。

 

③海上交通

海上交通では、西廻り航路東廻り航路などがありました。 

 

三都の発展

三都とは、江戸大阪京都の3つの大きな都市のことです。

このうち大阪は特に商業がさかんで、「天下の台所」とよばれました。各藩は大阪に蔵屋敷を建てて、年貢米や特産物を販売しました。

 

⑤商業

商業では、同業の商人たちが結成した株仲間が、営業を独占するようになりました。室町時代の同業者団体は「」でしたので、それと区別して覚えましょう。


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