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中学歴史:平安時代①/解説(ざっくり)

平安時代

・年代:794~1185年

 

0.平安時代の流れ

 平安時代は、平安京に都が移された794年に始まり、鎌倉幕府が成立する1185年までの約400年間続きます。

 その間の大まかな流れとしては、藤原氏の台頭・摂関政治院政の開始、武士の台頭と平氏政権源平の争乱と平氏の滅亡といった感じですね。

 

 

1.平安時代の始まり

 平安時代は、794年桓武天皇平安京(京都府)に都を移したことで始まります。平安時代後も都は平安京に置かれているので、明治時代になるまでの日本の首都は京都でした。

 当時の朝廷の政策の1つに、蝦夷を従わせることがありました。蝦夷とは、東北地方などで暮らしていた、朝廷に従わない人たちのことを指します。桓武天皇は、坂上田村麻呂征夷大将軍に任命して、東北地方に大軍を送りました。そして、蝦夷の指導者アテルイ阿弖流為)を降伏させることに成功しました。

 

①仏教の新しい宗派

 平安時代の初めには、仏教の新しい宗派も伝えられました。2人のお坊さんと2つの宗派を覚えましょう。

 まず、最澄天台宗を伝えました。最澄は、比叡山(滋賀県・京都府)に延暦寺を建立しました。一方、空海真言宗を伝え、高野山(和歌山県)に金剛峯寺を建立しました。なお、この2人とも、遣唐使として唐に渡ったことがあり、帰国後に新しい宗派を伝えたのでした。

 

②外交の変化

 飛鳥時代の630年から唐に送られていた遣唐使でしたが、894年遣唐使の停止が決まりました。これは、菅原道真の提案によるものです。

 

③地方のようす

 平安時代、地方では武士が出現しました。簡単に言うと、平安時代の都(中央)では藤原氏をはじめとして貴族が勢力争いに明け暮れていて、地方のことはほったらかしになっていました。

 ですので、何か悪いことをする者がいても、取りしまりもまともにやってくれません。「それなら仕方ない、自分たちで守るしかない」ということで、武器を持って自分たちの身を守るようになりました。これが武士の起こりです。

 

 そんな武士が力をつけて、子分を従えて反乱を起こすことがありました。10世紀の前半に2人の武士が反乱を起こしました。平将門藤原純友です。

 平将門は関東地方で、藤原純友は西日本の瀬戸内海周辺で反乱を起こしました。朝廷は、この反乱をおさえることができず、最終的には反乱を起こしたのと同じ武士の力を借りることで、どうにかしずめることができました。

 このようにして、武士は朝廷から必要とされ、だんだんと台頭していくことになります。

 

2.藤原氏の政治

 平安時代の前半からなかばにかけて、都(中央)では藤原氏が台頭しました。

 藤原氏は、自分の娘を天皇のきさき(后)にし、生まれた子を次の天皇にすることで、勢力をのばしました。この場合、藤原氏は天皇のおじいさんということになりますね。

 また、藤原氏は、天皇が幼いときには摂政として、さらに天皇が成長してからは関白として、政治の実権をにぎりました。このような政治を摂関政治といいます。

 摂関政治の全盛期は、11世紀初めに摂政になった藤原道長と、その子藤原頼通のときでした。 

 


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