人物歴史5 室町時代・戦国時代・安土桃山時代 解説

1.室町時代

室町時代から安土桃山時代までを見ていきます。今回も政治・文化史両方の人物が登場します。

 

まずは、室町幕府を開いた[足利尊氏]です。はじめは後醍醐天皇に協力して六波羅探題を攻め、鎌倉幕府をほろぼすために動きましたが、建武の新政が始められると御醍醐天皇と対立し、みずから幕府を開きました。

 

足利尊氏の孫で、3代将軍になったのが[足利義満]です。室町幕府の全盛を築きました。[足利義満]は、幕府を京都の室町に移しました。また、明と日明貿易勘合貿易)を始めたほか、文化では金閣(鹿苑寺金閣)を建立しました。

 

室町幕府の8代将軍が[足利義政]です。銀閣(慈照寺銀閣)を建てました。1467年には、将軍のあとつぎをめぐる守護大名の対立などから、応仁の乱が起こりました。こうして、日本は戦国時代になりました。

 

室町文化では、3人を覚えておきましょう。[観阿弥]・[世阿弥]親子はを大成しました。[雪舟]は水墨画を大成しました。

 

 

2.戦国時代、安土桃山時代

戦国時代の日本に、ヨーロッパ人が初めて訪れました。1543年、種子島に鉄砲が伝わりました。1549年には、鹿児島に上陸したイエズス会の宣教師[ザビエルフランシスコ・ザビエル)]は、日本に初めてキリスト教を伝えました。

こうして、南蛮人(スペイン人ポルトガル人)との南蛮貿易が始まりました。

 

戦国大名が各地で勢力争いをくり広げているなか、天下統一に向けて大きく動き出したのが[織田信長]でした。1560年、今川義元を桶狭間の戦いで破り、1573年には足利義昭を京都から追放して室町幕府をほろぼしました。また、琵琶湖のほとりに安土城を築いて天下統一の拠点にしました。キリスト教を保護する一方、仏教に対してはきびし態度で臨み、比叡山延暦寺の焼き打ちなどを行いました。

 

天下統一を目前にした信長でしたが、1582年、家臣の[明智光秀]にそむかれて自害しました。この反乱を本能寺の変といいます。

 

明智光秀をたおし、織田信長の後をついだのが[豊臣秀吉]でした。[豊臣秀吉]は大阪城を築いて天下統一の拠点とし、朝廷から関白に任命され、豊臣の姓を与えられました。秀吉は1590年に関東の北条氏をほろぼし、天下統一をはたしました。

 

 

織田信長や豊臣秀吉の時代に栄えた文化を桃山文化といいます。

絵画で活躍したのが[狩野永徳]で、「唐獅子図屏風」などの作品を残しています。織田信長や豊臣秀吉にも仕えた[千利休]は、わび茶の作法を完成させましたが、秀吉から自害を命じられました。

出雲の阿国]はかぶき踊りを始めた女性です。このかぶき踊りをもとにして、江戸時代の歌舞伎に発展していきました。