人物歴史2 奈良時代・平安時代(10世紀まで) 解説

人物一覧

1.奈良時代

聖武天皇

鑑真

 

2.平安時代①

桓武天皇

坂上田村麻呂

アテルイ(阿弖流為)

最澄

空海

菅原道真

 

2.平安時代②

紀貫之

平将門

藤原純友


1.奈良時代

奈良時代は、奈良の平城京に都が移された710年から、京都の平安京に都が移される794年までの80年余りです。

奈良時代の人物としては、2人覚えておきましょう。

 

8世紀の半ばの天皇、聖武天皇は、墾田永年私財法を出して、自分で開墾した土地の永久私有を認めるなどしました。

 

聖武天皇の時代に栄えた文化を天平文化といいます。聖武天皇は、都(奈良)に東大寺を建立して大仏を造立したほか、国ごとに国分寺・国分尼寺を建てさせました。この目的は、仏教の力で国家を守るため、でしたね。

天平文化で覚えるべき人物に、鑑真がいます。唐から来日した僧で、何度も航海に失敗して失明しながらも来日しました。鑑真は奈良に唐招提寺を建立しています。

 

2.平安時代

平安時代は、平安京に都が移された794年から始まり、鎌倉幕府が開かれるまでの約400年間も続きました。

この講座では、平安時代を約100年ごとに4つの時期に区切りながら、政治と文化で登場するおもな人物を確認していきます。

 

①8世紀末~9世紀(794~900年)

平安京に都を移したときの天皇は桓武天皇です。桓武天皇は、朝廷に従わない東北地方の蝦夷(えみし)とよばれる人たちを平定するために、坂上田村麻呂征夷大将軍に任命して派遣しました。坂上田村麻呂は蝦夷の族長であったアテルイ(阿弖流為)を降伏させることに成功しました。

 

平安時代初期の文化では、新しい仏教の宗派を伝えた人物が2人登場します。

最澄は、天台宗を伝え、比叡山に延暦寺を建立しました。

空海は、真言宗を伝え、高野山に金剛峯寺を建立しました。

2人とも、遣唐使として唐に渡り、帰国後に新しい仏教を広めました。いずれも、平安時代の初め(9世紀初め)の時期です。

 

894年、菅原道真遣唐使の停止を提案しました。これにより、630年から続いていた遣唐使が廃止となりました。

 

②10世紀(901~1000年)

遣唐使の停止後に栄えた国風文化では、10世紀初めに紀貫之「土佐日記」を書いたほか、「古今和歌集」を編さんしました。

 

10世紀は、律令制が大きくくずれた時期でもありました。この時期には武士による反乱が相次いで起きています。関東地方で反乱を起こしたのが平将門西日本(瀬戸内海周辺)で反乱を起こしたのが藤原純友です。

この2つの反乱は、どちらも反乱を起こしたのと同じ武士によってしずめられました。この頃から、朝廷は武士に頼るようになり、武士の発言力も強くなっていきます。