人物歴史1 弥生時代・古墳時代・飛鳥時代 解説

歴史教科書には多くの人物が登場します。ですが、実際の高校入試問題を見ていますと、「よく出る人物(=必ず覚えなければならない人物)」はごくわずかに限られます。

人物歴史シリーズでは、よく出る人物に加えて、「ときどき出る人物(=覚えておいた方がよい人物)」までふくめて、時代順に人物を列挙して見ていきたいと思います。

 

まずは、原始・古代の人物からです。

 

1.弥生時代

個人名で最初に登場するのは、弥生時代の[卑弥呼]です。邪馬台国の女王で、魏に使いを送った人物ですね。

 

2.古墳時代

倭の五王の1人、[(倭王)]です。埼玉県・熊本県の古墳からそれぞれ出土した鉄剣・鉄刀に、「ワカタケル大王」として刻まれていた人物でもあます。

5世紀の後半に、中国の南宋に使いを送っています。

 

 

3.飛鳥時代

この時代から、登場する人物が増えてきます。

592年、女性として初めて即位したのが[推古天皇]です。そのおいで、摂政となったのが[聖徳太子]ですね。冠位十二階の制度憲法十七条などを定めました。外交では、[小野妹子]を遣隋使として中国の隋に派遣しています。また、文化(飛鳥文化)においては、現存する最古の木造建築である法隆寺を奈良県に建立しました。

 

この[聖徳太子]と協力して政治を担当したのが、[蘇我馬子]です。協力とはいっても、実際には、蘇我氏をおさえるために[聖徳太子]が摂政として政治の実権をにぎったという感じです。

 

蘇我馬子]の子が蘇我蝦夷、その子(孫)が蘇我入鹿ですが、蝦夷・入鹿は645年に、[中大兄皇子]と[中臣鎌足]によってほろぼされ、蘇我氏は滅亡しました。こうして、大化の改新が始まりました。

 

中大兄皇子]はその後即位して[天智天皇]となりました。[天智天皇]がなくなると、天皇の弟と子との間で、あとつぎをめぐる争いがおこりました。これが壬申の乱です。壬申の乱に勝利した弟が、[天武天皇]として即位しました。実力で皇位を勝ち取った[天武天皇]は、天皇を中心とする中央集権国家、律令国家の建設のために、さまざまな改革を協力におし進めていきました。