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歴史7-1 占領下の日本と日本国憲法 解説

1.占領下の日本

1945年8月にポツダム宣言を受諾して無条件降伏した日本は、

連合国軍最高司令官総司令部([GHQ])による間接統治を受けることになりました。GHQの最高司令官は[マッカーサー]でした。

間接統治とは、GHQの支持を受けた日本政府が、GHQの意向に従って、さまざまな政策を実施する、ということです。

 

日本の本土がGHQの間接統治を受けたのに対し、[沖縄県]や[小笠原諸島]は、アメリカ軍によって直接統治を受けました。

 

また、北方領土は、[ソ連]によって占領されました。

 

治安維持法が廃止され、政治活動言論の自由が認められるようになりました。

選挙権も拡大しました。1945年、満[20]歳以上のすべての[男女]に選挙権が与えられ、翌年の総選挙の結果、初めてとなる女性国会議員も生まれました。

 

2.経済の改革

GHQの基本方針の1つは、民主化でした。

 

日本経済を支配し軍国主義を支えてきたとして、大企業を分割しました。これを[財閥解体]といいます。

 

労働者の権利を保障する法律も制定されました。[労働組合法]は、労働者の団結権を保障し、労働組合の結成などを認めた法律です。[労働基準法]は、労働条件の最低基準を定めた法律です。

 

農村では[農地改革]が実施されました。地主の持つ小作地を政府が買い上げ、[小作人](自分の土地をもたない農民)に安く売り渡すというもので、これにより多くの[自作農](自分の土地をもつ農民)が生まれました。

 

3.[日本国憲法]の制定

民主化の中心となったのは、新しい憲法の制定でした。これは、大日本帝国憲法を改正するという手続きによって行なわれました。

 

新しい憲法を[日本国憲法]といい、1946年11月3日に公布され、半年後の1947年5月3日に施行されました。

 

戦争の終結が1945年8月ですから、新憲法の公布まで1年以上空いていることに注意が必要です。

 

日本国憲法の3つの基本原理は、[国民主権]、基本的人権の尊重、平和主義です。

 

大日本帝国憲法では天皇主権でしたが、日本国憲法では、主権は[国民]にあるとされました。

 

各種法律も整備されました。

大日本帝国憲法には規定のなかった地方自治については、日本国憲法の条文にもとづいて[地方自治法]が制定されました。これにより、都道府県知事と市町村長は住民の直接選挙で選ぶことになりました。

 

教育分野では、[教育基本法]が制定され、民主主義教育の基本が示されました。義務教育は小学校6年、中学校3年の計9年間となりました。