歴史6-2 第一次世界大戦の終結と世界 解説

1.第一次世界大戦の終結と講和条約

1918年、[ドイツ]が降伏し、第一次世界大戦が終結しました。翌1919年、パリ講和会議が開かれ、講和条約の[ベルサイユ条約]が調印されました。

 

この条約により、ドイツは多額の賠償金を支払うことや、日本は[ドイツ]が持っていた中国の[山東省]の権益を引き継ぐことなどが決まりました。

 

大戦後のドイツでは、1919年に[ワイマール憲法]が制定され、世界で初めて[社会権]が保障されました。

 

 

2.[国際連盟]の成立

1920年、[アメリカ]のウィルソン大統領の提案により、世界平和と国際協調を目的とする国際機関として、[国際連盟]が設立されました。

 

イギリス、フランス、イタリア、[日本]が常任理事国となり、新渡戸稲造は国際連盟の事務局次長として活躍しました。

 

なお、提案国である[アメリカ]は、議会の反対により[国際連盟]に参加しませんでした。

 

 

3.アジアの民族運動

パリ講和会議で「民族自決」の原則が唱えられたことは、アジアの民族運動に影響を与えました。

 

①朝鮮

朝鮮では、1919年3月1日に[三・一独立運動]がおこりました。

日本からの独立をめざす運動です。しかし、これは朝鮮総督府によってしずめられました。

 

②中国

一方、中国は第一次世界大戦に連合国側で参戦していました。ですから、ドイツとの戦争に勝利した側に属していたということです。当然、中国は、[ドイツ]が[山東省]に持っていた権益の返還を要求しました。しかし、パリ講和会議ではその要求が拒絶され、権益は中国に帰ってこないで、日本が受け継ぐことが決定しました。これに対し、不満が爆発しました。

こうして、1919年5月4日、大規模な反日運動、反帝国主義運動の[五・四運動]がおこりました。

 

③インド

イギリス]の植民地であったインドでは、「非暴力・不服従」を唱える[ガンディー]を指導者として、完全な自治を求める運動が展開されました。

 

 

4.国際協調の時代

第一次世界大戦後の1920年代は、国際協調の時代でした。

 

1921年、[アメリカ]の提案で[ワシントン会議]が開かれ、各国の海軍の軍備制限などについて話し合われました。この会議の中で、

1902年から続いていた[日英同盟]の解消も決定しました。