歴史6-1 第一次世界大戦 解説

1.[第一次世界大戦

20世紀初めのヨーロッパでは、2つの陣営が対立していました。

ドイツ]がオーストリアイタリアと[三国同盟]を結成したのに対し、[イギリス]は[フランス]・[ロシア]とともに[三国協商]を結成しました。

また、[バルカン半島]は、列強の利害や民族・宗教の対立が絶えなかったことから、[ヨーロッパの火薬庫]とよばれていました。

 

1914年、オーストリアの皇太子夫妻がセルビア人の青年に暗殺される[サラエボ事件]が起こりました。この事件をきっかけに、皇太子夫妻を暗殺されたオーストリアは、ドイツの支援を受けて、セルビアに宣戦布告をしました。

 

さらに、同盟国連合国とよばれる2つの陣営が参戦し、[第一次世界大戦]が始まりました。同盟国は、ドイツオーストリアトルコ

などで構成されていました。対する連合国は、三国協商のイギリス

フランスロシアなどでした。

 

なお、三国同盟に属していたイタリアは、はじめ中立を宣言していましたが、その後、連合国側で参戦しました。

 

ドイツが中立国の船にも攻撃を始めると、それまで中立を保っていた[アメリカ]も、1917年に連合国側で参戦しました。

 

ということで、両陣営に参加した国をまとめると、同盟国は、ドイツ、オーストリア、トルコなど。連合国は、イギリス、フランス、ロシア、イタリア、日本、アメリカなど、となります。

 

 

この戦争の特徴は、毒ガス戦車飛行機、潜水艦などの新兵器が登場したことと、女性や青少年など民間人も軍需工場で働いて戦争に協力する総力戦となったことなどがあげられます。

 

第一次世界大戦はヨーロッパが主な戦場でしたが、日本は[日英同盟]を理由に連合国側で参戦することを決め、ドイツに宣戦布告をしました。

 

日本は中国での勢力をのばそうと考え、1915年、中国に対して[二十一か条の要求]を出しました。その内容は、[ドイツ]が中国の[山東省]に持っている権益を日本が受け継ぐことなどを要求するものでした。日本は中国にその大部分を認めさせました。

 

 

2.[ロシア革命

第一次世界大戦中の1917年、ロシアでは社会主義者の[レーニン]を指導者として革命がおこりました。この革命を[ロシア革命]といいます。

 

こうして成立した革命政府は、ドイツと単独で講和条約を結び、第一次世界大戦から離脱しました。

 

日本を含む列強は、この社会主義思想や革命運動の影響が自国に及ぶことをおそれ1918年に共同で[シベリア出兵]を実施しました。この出兵が、日本国内では[米騒動]がおこるきっかけになりました。

 

ロシアの革命政府はこの干渉戦争に勝利し、1922年、世界最初の[社会主義]国家である[ソビエト社会主義共和国連邦ソ連)]

が成立し、1991年に解体するまで存続しました。