歴史5-3 明治維新① 解説

1.[明治維新

江戸幕府が滅亡し、明治新政府が成立しました。新政府によって進められた新しい国づくりのためのさまざまな改革や社会の変化のことを[明治維新]といいます。

 

1868年3月、新政府は[五箇条の御誓文]を出しました。これは、天皇が神に誓う形式で、新政府の基本方針を示したものです。

 

庶民に向けては、五榜の掲示が出されました。その内容は[キリスト教]の禁止など、江戸幕府が民衆に対して行っていた政策と同様の内容でした。

 

 

さて、江戸幕府は滅亡しましたが、全国の大名と藩はそのまま残っていました。なぜなら、大政奉還で朝廷に政権を返上したのは江戸幕府の将軍徳川慶喜であって、大名は無関係だったからです。

 

そこで1869年、新政府は全国の藩主(大名)に、土地と人民を天皇に返上する[版籍奉還]を行わせました。これで、江戸幕府に続いて各大名も、権限を返上したことになります。

 

さらに1871年には[廃藩置県]を断行し、全国の[]を廃止して[]や[]を設置することにしました。そして、中央から各府県に[府知事]と[県令]を派遣することにしました。

 

こうして、江戸時代の大名はいなくなり、新しい政府のもとで中央集権的な政治体制がつくられました。

 

 

2.富国強兵

新政府は、欧米にならった近代国家のしくみづくりを急ぎました。

 

経済を発展させて国力をつけ、強い軍隊をもって国を守ろうとする政策を、[富国強兵」といいます。富国強兵を実現するため、維新の三大改革や殖産興業などが実施されました。

 

ここでは、三大改革を確認しておきます。

 

①学制

1872年、[学制]が発布されました。これは、6歳以上の男女すべてに教育を受けさせるというものです。これにもとづいて、全国に小学校がつくられました。

 

②兵制

政府は国民皆兵による近代的な軍隊の創設をめざして、1873年に[徴兵令]を出しました。

 

これにより、満[20]歳になった[男子]は、士族や平民の区別なく、兵役の義務を負うこととなりました。

 

③税制

政府はまた税制を整えて国家の財政を安定させようとして、1873年から税制改革として[地租改正]を実施しました。

 

土地の所有者に[地券]を発行して交付し、課税の基準を江戸時代までの収穫高から[地価]に変更しました。

 

土地にかかる税である[地租]の税率は、地価の[]%とし、土地の所有者が[現金]で納めることとしました。

 

こうして新政府は、豊作・凶作に関係なく安定的に税収を得ることができるようになりました。