歴史4-7 江戸時代⑤ 幕政の改革 解説

1.[享保の改革

18世紀初めに江戸幕府の8代将軍に就任

した[徳川吉宗]は、さまざまな問題に

対応するために、改革政治を始めました。

この改革を[享保の改革]といいます。

 

財政難に対応するため、武士に質素・

倹約をすすめたほか、新田開発の推進と

年貢率の引き上げを行い、年貢米を

増やそうとしました。

 

また、大名に対しては、幕府に米を

献上させる上げ米の制を実施し、その

かわりに参勤交代をゆるめました。

 

ほかにも、庶民の意見を聞いて政策に

生かすために[目安箱]を設置しました。

 

裁判の基準となる法律の[公事方御定書

を制定しました。

 

 

2.[田沼意次]の政治

18世紀後半には、老中の[田沼意次

が中心となって政治を行いました。

 

田沼意次]は[商人]の力を利用して

幕府財政の再建をめざそうとしました。

 

そのために、[株仲間]の結成を奨励し、

彼らに営業税を納めさせることにしました。

 

しかし、地位や特権を求めた人々による

わいろが横行し、政治が乱れたとして

批判を受けました。

 

そんななか、天候不順や凶作を原因として

天明のききん]が発生し、農村では

百姓一揆]、都市部では[打ちこわし

が急増し、田沼意次は失脚しました。

 

 

3.[寛政の改革

田沼意次の後に出てきたのが老中

松平定信]です。[松平定信]による

改革を[寛政の改革]といいます。

 

財政難への対応として、倹約令を出しました。

また、農村を復興するため、江戸に

出かせぎに来ていた農民を農村へ帰らせる

などの政策をとりました。

 

 

借金に苦しむ旗本・御家人を救済するため

に、彼らの借金を帳消しにしました。

 

学問の統制として、武士には[朱子学]を

学ぶことをすすめました。

 

さらに、出版物の統制も行われました。

 

しかし、きびしい政治改革に対して

不満が高まり、結局、この改革は

6年余りで失敗に終わりました。