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歴史4-2 安土桃山時代② 解説

1.[豊臣秀吉]の天下統一

織田信長本能寺の変で自害した後、信長の家来の[豊臣秀吉]が明智光秀をたおしました。

後継者争いに勝利した[豊臣秀吉]は大阪城を拠点とし、朝廷から[関白]に任命され、[豊臣]の姓を与えられました。

そして1590年、ついに秀吉は全国の統一を達成しました。

 

豊臣秀吉は、天下統一と前後してさまざまな政策を進めました。

田畑の面積や収穫高を調べ、予想される収穫量を米の体積である[石高]で表すことにしたほか、実際の耕作者を土地の所有者として検地帳に登録し、土地に対するそれまでの複雑な権利関係を否定しました。この政策を[太閤検地]といいます。

 

また、[刀狩]を実施し、農民から刀や鉄砲などの武器を取り上げました。

その目的は、農民の[一揆]を防ぎ、耕作に専念させるためです。

 

この[太閤検地]と[刀狩]を通して、武士と農民の身分の区別が明確になりました。これを、[兵農分離]といいます。

 

キリスト教については、宣教師の国外追放を命じる法令を出しました。

 

日本国内を統一した[豊臣秀吉]は、明の征服をめざし、2度にわたって[朝鮮]に出兵しました。

しかし、日本の軍勢は苦戦し、1598年に豊臣秀吉の死去にともない引きあげました。

 

2.[桃山文化

安土桃山時代には、戦国大名や大商人の権力や富を背景とした、豪華で壮大な文化が栄えました。この文化を[桃山文化]といいます。

 

戦国大名が建てた城には、支配者の権威を示す壮大な天守閣がつくられました。

例えば、安土城、大阪城、姫路城(白鷺城)などがあります。

 

このほか、絵画では、[狩野永徳]の代表作である「唐獅子図屏風」があります。

茶の湯を大成した[千利休]は、わび茶を完成しました。

芸能では、[出雲の阿国]という女性が[かぶき踊り]を始めました。