歴史1-5 古墳時代 解説

3世紀後半ごろになると、近畿地方の有力な豪族によって構成された、[大和政権ヤマト王権)]とよばれる勢力が、奈良盆地に成立しました。

また、王や豪族の墓である[古墳]が各地につくられるようになり、その墳丘上には、[はにわ埴輪)]とよばれる焼き物が並べられました。

 

大阪府には、最大の古墳である[大仙古墳大山古墳)]が残っています。この古墳のように、大規模なものは、[前方後円墳]とよばれる形状が多く見られます。

 

古墳がつくられた3世紀後半から6世紀末ごろまでを、古墳時代といいます。

 

大和政権(ヤマト王権)の王は[大王]とよばれるようになり、有力な豪族の協力を得て支配を進めました。

中国の歴史書には、「倭の五王」とよばれる5人の[大王]が、中国の南朝に使いを送ったことが記されています。

 

埼玉県の稲荷山古墳から出土した鉄剣には「ワカタケル大王」と刻まれています。この人物は、倭の五王のうち、[]であると考えられています。

熊本県の古墳からも「ワカタケル大王」と刻まれた鉄刀が見つかっていることから、5世紀には[大和政権の勢力範囲が全国各地に広がっていた]ことがわかります。

 

大和政権(ヤマト王権)の勢力が強かった時代には、中国や朝鮮から日本に移り住み、大陸の進んだ技術や文化を伝えた人々もいました。こうした人々を[渡来人]といいます。

この人々によって、須恵器]という土器をつくる技術が伝えられました。須恵器]とは、高温で焼かれ、かたくて黒っぽい灰色の土器です。

また、朝鮮半島の[百済]からは、漢字や[儒学儒教)]、さらに6世紀半ばには[仏教]が伝来しました。