歴史1-4 弥生時代② 解説

弥生時代になると、貧富の差や身分差が見られるようになりました。そして、争いをくり返すなかで、小さな国々が成立していき、人々を支配する豪族や王が登場しました。

 

中国の歴史書には、日本についての記述が見られます。当時の中国では、日本のことを[]とよんでいました。紀元前1世紀ごろの[](日本)には、100余りの国があったことや、1世紀半ばの西暦57年に、九州北部の[奴国]の王が、漢(後漢)とよばれた中国の王朝に使いを送ったこともわかっています。このとき使いを送った[奴国]の王は、漢(後漢)の皇帝から「漢委奴国王」(かんのわのなのこくおう)と刻まれた[金印]を与えられました。

 

弥生時代の後半の3世紀には、30あまりの小さな国を従えた[邪馬台国]という国があり、その女王[卑弥呼]は、中国の[]に使いを送りました。[卑弥呼]は、[]の皇帝から親魏倭王の称号と金印、銅鏡100枚などを与えられました。