歴史1-3 弥生時代① 解説

紀元前4世紀ごろになると、大陸や朝鮮半島から九州北部に[稲作]が伝わり、東日本にまで広まりました。こうして、各地に水田がつくられるようになり、日本は弥生時代を迎えました。

稲作]の伝来により、人々の暮らしも変化しました。[石包丁]を用いて稲を収穫し、[高床倉庫]に保存しました。

使われる土器も、縄文土器から[弥生土器]に変化しました。縄文土器に比べて高温で焼かれ、うすくてかたく、赤っぽい色をしているのが特徴です。また、貯蔵用や煮たき用など、用途に応じてさまざまな形のものがあります。

 

人々はたて穴住居に住んでいました。これは縄文時代と変わらない点です。

 

弥生時代には、金属器も伝来しました。金属器には、青銅器と鉄器の2つがあります。青銅器は、おもに祭りの道具として使用され、[銅鐸]などがあります。鉄器は農具や武器などに使われました。

 

弥生時代の代表的な遺跡には、佐賀県の[吉野ヶ里]遺跡や、静岡県の[登呂]遺跡があります。

 

弥生時代には、[吉野ヶ里]遺跡のように、周囲に柵や濠がめぐらされた集落が登場するようになりました。このような集落がつくられた目的は、[敵から村を守るため]と考えられます。

つまり、弥生時代には、争いも起こるようになったということがわかります。

 

弥生時代は、紀元前4世紀ごろから、紀元3世紀ごろまで続きました。